スペシャル対談〈前編〉「いいお金の使い方は人を生かすこと」コシノジュンコさん流の寄付活動とアートへの想い

執筆者:水上 ゆかり
2022年4月、世界的デザイナーのコシノジュンコさんが一般財団法人日本寄付財団の「特別名誉大使」に就任されました。日本寄付財団は、子どもや高齢者、障害者への支援、伝統文化や芸術の復興、発展途上国への支援など、社会課題解決のための活動を行っています。その代表理事であり、芸術支援の財団も運営する村主悠真さんと、コシノジュンコさんとの対談インタビュー。前編ではお互いの印象を振り返るとともに、お二人が社会課題の解決に向けて歩み始めたきっかけについて語っていただきました。

村主さんは奇跡のような人。アートがつないでくれた不思議なご縁でした。

―日本寄付財団の特別名誉大使就任は、村主さんがコシノさんに直接オファーをされたのでしょうか。

村主:そうですね。僕自身、世界中の非営利組織・団体の社会課題を本気で解決していきたいという目標があったので、コシノさんに「そのお手伝いをしていただけませんか?」と声を掛けさせていただきました。ファッション界はもとより、文化芸術界で世界的に活躍していらっしゃるとても有名な方ですし、正直お受けいただけるとは思っていませんでした。

コシノ:最初お会いしたときの印象は、若くてすごく素敵な方でした。アートコレクターとしての一面があると知ってより親近感が湧きましたね。これは、アートがつないでくれたご縁だと思いました。私たち、実はお互いの事務所が目の前なんですよ。彼は私の息子や知人ともつながっていて、不思議なご縁を感じています。

―村主さんはコシノさんにお会いして、どんな印象を持たれましたか。

村主:コシノさんは若い頃から挑戦と成功を積み重ねてこられて、今でも第一線でご活躍されています。実際にお会いして、その経験値の高さからくる懐の広さというか、溢れる魅力というか、そういうものをお世辞抜きに感じましたね。

―コシノさんは寄付活動に対してどのような考えをお持ちですか。

コシノ:私は日本人に対して、寄付に対する理解が足りないように感じていました。ヨーロッパやアメリカでは寄付に対してもっと寛容で、税金の免除もしっかり受けられますし、社会的に認められていて自然なんですね。でも日本の場合、お金持ちでも寄付をしようという意識が薄いのに、お金を持ったままでは死ねない…と思っている人もいるでしょう。私ね、いいお金の使い方というのは“人を生かすこと”だと思うんです。

村主:なるほど。

コシノ:ヨーロッパには、若い芸術家を全力で支援する“パトロン”がいます。例えばパリでは、画家やアーティストを特別な屋根裏に住まわせて、一枚の絵をレストランに寄付することで1年間食べさせてあげるなんてことが普通にあるんです。お金の寄付じゃなくて、応援っていうのかな。まだお若いのに日本のアーティストを支えている村主さんは、まさに奇跡のような人。本当に驚いています。

村主:そう言っていただけて光栄です。ありがとうございます。

ビジネスで成功し、30歳で「社会の役に立ちたい」と一念発起。

―村主さんが社会課題を意識するようになったきっかけを教えてください。

村主:僕も日本人なので、日本で感じていることが当たり前という感覚はもともとあったのですが、世界に目を向けると、それとは価値観の異なる人間がたくさんいて疑問が湧きました。それに、日本は豊かに見える一方で、実はそうじゃない人たちが大勢いて、その現実をいろんな場所で目の当たりにしたんです。その頃、僕のビジネスは軌道に乗っていたので、その人たちのためにできることを考え始めました。ちょうど30歳の頃です。

コシノ:村主さんは、アーティストへの支援活動もされているんですよね。

村主:はい。僕が取り組んでいるのはあらゆる社会課題に対してであり、その一つにアーティストへの支援も含まれています。なぜアートかというと、僕は昔から数学が得意で、ビジネスでも数値やデータ化すれば考えやすいと思っているのですが、アートは数式で表現できないですよね。そこに未知の面白さを感じているんです。

コシノ:確かにアートには答えがありません。 答えがないからこそ自由なんです。

社会課題を意識したのは3.11がきっかけ。あの頃は寄付活動に夢中でした。

―コシノさんは国内被災地への復興支援活動もされていますが、社会課題を意識したきっかけはありましたか。

コシノ:やはり3.11(東日本大震災)ですね。実は震災が起こった一週間後くらいに、NHK連続テレビ小説の宣伝のためにラジオに出演したんです。でも、震災直後という理由で直前に内容を全部変えることになって、「私にできることって何だろう」と考えさせられました。そのラジオでは自衛隊の方から聞いた話などをお伝えしたのですが、これを機に自分でもお金を集めてみようと思ったわけです。

―そのお金はどうやって集められたのでしょうか。

コシノ:私、合唱団の団長をしているんですよ。神楽坂女声合唱団の団長です。三枝成彰さんの六本木男声合唱団のユニフォームも作りました。その2つと他の合唱団にも声を掛けて、出演者とお客さんに「1万円以上持って集まってください」と伝えました。チケットは、2時間後に売り切れ。会場のサントリーホールにも協力してもらい、出演者は出演料なしでも「出る、出る!」と言ってくださって、全部で3500万ほどのお金が集まったんです。石井竜也さんや小林幸子さんなど、音楽のジャンルはさまざまでしたが、みんなの気持ちは一つでした。あの頃は、夢中でお金を集めていましたね。このチャリティーコンサートはコロナ禍で一度中止になりましたが、今も続いています。徐々に寄付の額は減ってはいますけれど。

村主:震災への寄付は、時間が経つとどうしてもそうなりがちですよね。

コシノ:そうですね。熊本地震があったときにはこちらも大変だと思い、くまモンや加藤登紀子さん、LE VELVETS(ルヴェルヴェッツ)さんなどを呼んでチャリティーコンサートを企画して、360万円ほどのお金を集めました。出演者である私たちはステージに立てることがただ楽しくて、奉仕しているという感覚もなかったですね。

村主:それはお客さんも同じで、みんなが一緒に楽しんでいますからね。

コシノ:そうなんです。チケットを取るのが大変だったとか言われてね(笑)。それでも足を運んでくださったのは本当にありがたいことです。

【後編】「カッコいい寄付をしたい」コシノジュンコさんと考える社会課題と向き合う未来

 

Plofile
デザイナー
コシノジュンコ
1978年から22年間パリコレクションに参加。北京、NY(メトロポリタン美術館)、キューバ、ロシアなど世界各地にてショーを開催し、国際的な文化交流に力を入れる。オペラ「蝶々夫人」、「魔笛」からブロードウェイミュージカル「太平洋序曲」(トニー賞ノミネート)、スポーツや合唱団のユニフォーム衣装、インテリアデザインまで幅広く活動。国内被災地への復興支援活動も行っている。2025年国際博覧会協会シニアアドバイザー、文化功労者。2021年、フランス政府よりレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章。書籍「コシノジュンコ56の大丈夫」(世界文化社)が発売中。
一般財団法人日本寄付財団 代表理事
村主悠真
大阪大学在学中に起業。24歳でプライベートファンドを設立し、投資活動を開始。30歳から社会貢献活動に取り組み、子どもの貧困問題を中心に寄付活動を拡大させる。38歳で「一般社団法人村主現代芸術文化財団」を設立後は、若手芸術家への助成支援も開始する。2021年、日本の寄付文化の再構築を目指し、39歳で「一般財団法人日本寄付財団」を設立。世界が抱える社会課題の解決と人々の幸福度の向上、世界平和のため精力的に活動中。

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