社会や職場における真のインクルージョンとは何か、また、その実現に向けて一人ひとりがどのような意識を持って行動していくべきなのかのヒントを得るために、三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)主催のもと、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の当事者の皆さんや、そういった方々と共に新たな働き方や社会参加のかたちに挑戦している株式会社オリィ研究所の方にお話を伺いました。
今回お話しいただいたのは、以下の皆さんです。
創発計画株式会社 代表取締役 高野 元さん
三菱UFJ銀行 拠点部(大阪) 部長 越智 亮さん
OriHimeパイロット ミカさん / 株式会社オリィ研究所 人材事業部 FLEMEEチーム マネージャー 加藤 寛聡さん
ファシリテーター:三菱UFJフィナンシャル・グループ 人事部部長 兼 ダイバーシティ推進室室長 上場 庸江さん
多様性を認め合い、共に成長する社会へ
上場:本日はお集まりいただきありがとうございます。MUFGのダイバーシティ推進責任者の上場(かんば)と申します。どうぞよろしくお願いします。まずは皆さんに簡単な自己紹介をしていただければと思います。
高野:私は2013年の初めにALSを発症して以来、11年近く生き延びています。これまでの常識に捉われない工夫の多くを、学会や講演などで発信してきました。また日本ALS協会の副会長や神奈川県の障がい者関連の委員もしています。今日はいつも通り2人のヘルパーと電車で参りました。どうぞよろしくお願いします。
越智:私は三菱UFJ銀行の大阪拠点部で働いています。2021年10月にALSを発症し、丸3年が経過しました。発症したときは広島で単身赴任をしていて、最初は何が起きたのか全然分かりませんでした。手に力が入らなくなり、日常生活に支障を来す様になったので、いろいろな病院で検査を繰り返したものの、それでも分からず、最終的に総合病院でALSと確定診断されました。当時は愕然としましたが、その後は、多くの人の支えをいただいて、今でも週2回、会社に通っている状況です。今日はよろしくお願いいたします。
ミカ:今、愛知県の自宅からお話ししています。私は2017年にALSになり、8年ほど経過しました。元々三重で銀行員をしていましたが、娘の出産と主人の転勤で愛知県に引っ越し、そこからバリスタとして働いていました。バリスタコンテストの全国大会をめざしているときにALSを発症し大会出場を断念、リベンジすることなく悔しい思いで退職しました。今は、日本橋の分身ロボットカフェDAWN ver.βでロボットのOriHimeのパイロットとしてバリスタの仕事を続けています。今日はどうぞよろしくお願いいたします。
加藤:株式会社オリィ研究所で人材事業部の部門責任者をしています。私は元々理学療法士として、主に先天性の小児疾患を持つ子どもを対象に8年間働いていました。そこでは、障がいや疾患とともにどう人生を生きていくのかを医療の側からサポートする仕事をしていました。しかし、障がいがある方にとって進路の選択肢が無いという現状を日々目の当たりにし、社会の仕組みに非常に多くの課題があると感じていました。そんな中、そういった課題に対してオリィ研究所がテクノロジーを活用し積極的に向き合っていることを知り、3年半前に転職しました。
当時はちょうど日本橋の常設分身ロボットカフェがオープンする時期で、そこでOriHimeで働く方々を募集し、トレーニングを一緒に行うというサポートから入りました。彼らがカフェで活躍した先について考えたときに、接客以外の仕事へのチャレンジや、他の企業での就職などの可能性をつくっていきたいという想いから人材事業部を立ち上げ、今その運営をしています。どうぞよろしくお願いいたします。
テクノロジーが叶える新しいコミュニケーション
上場:テクノロジーを活用した社会参加やコミュニケーションという観点からお伺いします。高野さんは、様々なテクノロジーを最大限に活用して社会参加をされていますが、具体的にどのようなテクノロジーを使ってコミュニケーションをされていますか?
高野:両手の指が動かなくなり、パソコンもスマホも操作できなくなりましたが、その頃に視線入力パソコンの導入に成功しました。これで自由にパソコンが使えるようになり、コミュニケーション能力が復活したのです。視線入力パソコンは2015年頃から急速に普及してきました。それ以前はテキストを打つのが精一杯だったのですが、自由にパソコンを使えるようになり、Office文書の作成ができるようになりました。視線入力パソコンのおかげで仕事を続けることのできる患者はかなり増えたと思います。
上場:視線入力パソコンが、声の代わりとなり、コミュニケーションの中心になっているんですね。越智さんは在宅勤務とオフィス出勤のハイブリッドで働いているとのことですが、活用しているものがあれば教えてください。
越智:音声入力でパソコンを使ったり、なんとか親指を使って上から叩くことができるので、それでコミュニケーションを取ることがギリギリできている状況です。それでメールのやり取りをしたり、Webミーティングに参加したりしています。また、会社に出勤するだけでなく、三菱UFJ銀行の西日本にある拠点訪問も行っています。支店長の悩み相談や、若手の育成方法など、チームのエンゲージメントを引き出すことに取り組んでいます。
上場:支店訪問時には皆さんとどのようなお話をされているのでしょうか?
越智:自身の体験を踏まえ、当たり前のことができることは素晴らしいということを改めて伝えています。日常は何もしなくても流れていきますが、私の話や私の体の動かない状況を見て、感じ取ってもらうだけでも大きな変化があります。そんなささやかな価値の提供を続けられたら良いなと思っています。
上場:ミカさんは、OriHimeのパイロットというかたちで、テクノロジーを使って社会参加されていますよね。
ミカ:私は元々あまりパソコンを使うような仕事ではなかったので「アナログな私は、これから先どうやって過ごしていこうか」と悩んだ時期もありました。パイロットの仕事を始めるときに、高野さんや多くの先輩方からたくさんの知恵をいただきました。音声入力で話すことがギリギリできるので、お店の接客はテクノロジーを駆使しながら、なるべく自分の声でお届けしたいなと思っています。
上場:このOriHimeを使ったことで、ミカさんご自身のお気持ちはどう変わったのでしょうか?
ミカ:ALSになると、家の中で過ごすことが増えて、外とのつながりは介助者がいないとできなくなっていきます。何かしてもらうばかりの生活で「ごめんね」しか言えなかったり、ひっそりとした時間を過ごしたりしてきました。何か社会とつながれるものはないかと思ったときにOriHimeと出会い、今では社会参加できるようになりました。誰かに何かをしてあげられることは、自分の中の幸せの1つで、OriHimeを通じて社会参加することで、自分の世界がとても広がりました。当時中学生だった娘にも「ごめんね、ごめんね」ばかり言っていた私が、娘のためにも何かをしてあげられるという喜びでいっぱいでした。
上場:娘さんの卒業式にもOriHimeで参加されたそうですね。OriHimeをご存じでない方のために、加藤さんにはOriHimeの開発に至った経緯をお伺いできればと思います。
加藤:オリィ研究所が掲げているのは、テクノロジーによって移動困難者の選択肢を豊かにし、人類の孤独を解消することです。代表の吉藤は、病弱な幼少期に不登校を経験し、学校に行けないことで孤独を感じていました。そして勉強だけでなく周りの心の成長からも置いて行かれ、友達もいなくなってしまったとのこと。やはり現場に行けなくなると、困難が発生したり機会を失ったりすることは多いです。そこで、自分の分身として元気な体がもう一つあれば良いのではないかと、自分のためにロボットをつくったところからスタートしました。障がいがある方はもちろん、ご自身は健常でも、家族の介護などで、なかなか家から簡単には出られない方はたくさんいます。それでも諦めずに社会とつながれる選択肢があるかどうかは、本当に大きなテーマだと思います。
誰もが輝く、インクルーシブな社会の実現に向けて
上場:偏見を持たずに理解するために、丁寧に対話していくことが必要だと思います。お互いを理解することで、皆さん一人ひとりが組織や社会において、大切にされていると感じたり、自分が価値のある存在だと感じられることが、インクルージョンではないでしょうか。以前、越智さんが別のインタビューで、普通に接することの大事さについてお話されていましたが、そのような関係性を構築していくにあたり、何か意識されていることはありますか?
越智:私は障がいを持っていますが、病人ではありません。体が動かなくても頭は動くので、自分にポジティブな気持ちを持ち、普通の扱いをしてほしいという思いでいろんな人に接していれば、周りもきっと理解してくれます。今では、私の周りには、私の思いを受け入れてくれて、自発的に、環境を整えてくれているメンバーがいます。我ごとのようにみんなが考えていくことこそが本当のインクルージョンだと思っています。他の人と同じように働くことはできませんが、人の役に立てることはいくらでもあります。MUFGで約30年間働いてきましたが、今は恩返しするという気持ちで取り組んでいます。
上場:高野さんは、これまでインクルージョンについて感じたご経験などありますか?
高野:仕事を続けるには会社の理解が必要です。求める仕事ができるかではなく、この人にできる仕事をつくれるかという観点が必要です。近年、そのような価値観の転換ができている企業が増えているように感じています。また、これまで一緒に働いてきた仲間にできるだけ長く働いてもらいたいと思うことも、とても大切なことではないでしょうか。
上場:今後、皆さんが活躍できるインクルーシブな社会を創っていくために、社会側にどんな変化が必要だと思われますか?
ミカ:社会全体が、何かを諦めなくていい、選択肢のある社会になると良いなと思っています。丈夫な体を持つことはとても大事なことですが、それにとらわれることなく働ける環境が増えていけば良いなと思います。
高野:私自身は企業勤めを経て、発症の2年くらい前にコンサルタントとして独立し、軌道に乗り始めたところでした。なので企業に守ってもらうことはできませんでしたが、社会制度が充実していることに助けられ、社会参加の機会を得ることができました。この社会制度の充実はALSに対する社会的認知のなかった1980年代からの当事者運動が、2000年代の法制化の議論につながり、2010年代に次々と法制化されました。
上場:どんどん進んできたのは、つい最近の話なんですね。社会制度が充実していることに助けられ社会参加の機会を得たことが、生きがいにつながっているのですね。
越智:私はALSという病気をあまり理解しないままALSを発症しました。調べてみると、体が動かなくなって2〜5年で死に至ると書いてあったことを、今でも鮮明に覚えています。どうして死に至るのかというと、呼吸困難になったり、生きていくのがつらくなったりするからだと書いてありました。ここにいらっしゃる高野さんやミカさんは、自分の力や支えてくださる周りの方々の力で、大きな壁を乗り越えて今に至っていると思います。私も、家族はもちろんのこと、ヘルパーさんや主治医・看護師さん、リハビリの方など、多くの方に支えられてきたので、やはり1人では生きていけないということを身をもって痛感しています。会社においても、拠点部のメンバーを中心に、多くの人に守られているので、私は生きていけるし前向きに捉えることができています。
その観点から言うと、それぞれの立場や視点の理解が必要だと感じています。1つ1つ発信することによって、理解を得ていくことがカギになると思います。そういう社会の実現に賛同する経営者が多くなっていけば、インクルーシブな社会がどんどん広がっていくのではないでしょうか。「将来、視線でしか会話できなくなっても私と仕事をしたいと思ってくれる人がいる限り、私も仕事を続けたい」と職場で伝えたところ、視線入力のパソコンの導入を検討・採択していただき、こうして社会の理解が進んでいっていることが、すごく嬉しかったです。
上場:能力を発揮できるような仕事を、会社側がつくれるかどうかはとても大事な視点ですね。
困難を乗り越え、未来へ進む生き方のヒント
上場:せっかく皆さんにお集まりいただいているので、お互いに何か聞いてみたいことなどはありますか?
ミカ:高野さんや越智さんにとって、今の楽しみは何ですか?
高野:こうして出かけることです。
越智:私は仕事に行くことがすごく楽しいです。今は週2回、火曜日と金曜日がとても待ち遠しいです。
ミカ:私も同じです。仕事を終えたときの「あー疲れた、楽しかった!」というのも1つの楽しみであり幸せだと感じています。
越智:あと、やはり家族の支えがとても大事です。私には3人の娘がいるのですが、子どもたちの成長をいつまでも見続けたいですね。ミカさんや高野さんのブログをいつも拝見しているのですが、すごく刺激になっています。最初、他の人の発信をあまり見ないようにしていましたが、情報を得たいからそっと見たり見なかったりを続けていました。お二人の発信は、お世辞抜きに前向きな内容でためになることが多く、入院中食い入るように見ていました。前向きになる気持ちはどこから出てくるのでしょうか?
高野:あまり他人の目を気にしないように生きてきたので、それが良かった気がします。自分の心に嘘をつかないことが大事です。
越智:ありがとうございます。最初、不自由を隠そうとしたり、車椅子の自分を見られるのは嫌な時期がありましたが、それにも増して自分の夢を実現したいと思うようになってからは、恥ずかしくなくなりました。高野さんがおっしゃったように、自分が思ったことを貫いていくことが本当に大事だと思います。
自分らしい生き方を諦めず夢を持ち続けられる社会へ
上場:今後、皆さんが挑戦してみたいと思っていることは何でしょうか?
加藤:オリィ研究所では皆さんのことを移動困難者の先輩だという言い方をしますが、それは決して今移動困難者であるの方だけのロールモデルという話ではありません。我々だって高齢になっていつどうなるか分かりませんし、自分や自分の家族に何かあったときに、全てを失うような社会を残し続けたくありません。自分たちが後世につなぐ社会をどのようなかたちで残していきたいかをテーマに考えていくことが大切です。既に今、困難をお持ちの方がそこを切り拓いてくださっていると感じています。
例えば、週40時間フルタイムで働けるというような条件が揃っていないと、人は活躍できないという場合、そこから何かが不足すると、社会では何も活かすことができなくなってしまい、本当に勿体ないです。そんな社会の中で生きていくことは、我々にとって恐怖でしかありません。何が本質なのかを改めて考えていくと、本当に自分たちのつくりたい社会のためにチャレンジができるようになり、未来は明るくなると思います。オリィ研究所では、そのようなことを議論する機会が多く、今後何をやっていこうかと考えているところです。
ミカ:夢はかさばらないので、たくさん夢を持っていようと思います。今は、やりたいことに少しずつ挑戦している段階で、家族からもらった言葉を紡いで絵本を描いたり、ポストカードのイラストをチャリティ販売したりしています。こんな私でも喜んでいただけることがあるのはとても嬉しいです。
越智:できればALSが治る世の中になってほしいですね。昔は、走ることや筋トレが好きだったので、今でも走ったり、バーベルを上げたりする夢を見るのですが、それらが実現すると良いなと思います。まずは、もう1回自分の足で歩きたいですね。また、人から頼られる存在でいたいと思っていて、病気の進行が進んだとしても、そうした思いに対してチャンスを与えてもらえる社会になっていけば良いなと思います。私は、障がいを背負ってももっと誰かの役に立ちたい、それが当たり前になる社会が来たら嬉しいです。
高野:次は今までやってこなかったクリエイターをめざしたいですね。
上場:ありがとうございます。皆さんが新しい一歩を踏み出された際の発信を心から楽しみにしています。本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。
【MUFGのDEI】
MUFGは、2024年4月、DEIステートメントを制定しました。企業においては、多様なバックグラウンド・価値観を持つ社員一人ひとりが、公平・公正な成長機会やサポートを得て、そしてそれらを活用しながら、自身の能力を最大限に発揮できる組織・職場環境をつくることをめざす必要があります。そのような職場をつくるためには、一人ひとりが周囲に対する無意識のバイアスに気付きながら相手の意見に耳を傾けることや、相手のことを真に理解するための対話を持つことが重要です。異なる意見や価値観を認め合い、活かし合いながら新しい価値を創造すること、そして全てのステークホルダーが持続可能な新たな未来のステージへと進むチカラとなるべく、DEI推進に全力で取り組んでいきます。
【編集後記】
今回の取材を通じて、ALSの当事者の方々の強さと前向きな姿勢に深く感銘を受けました。彼らの笑顔や明るさ、温かい言葉に触れることで、私たち取材メンバー全員が勇気と希望をもらうことができました。困難な状況にあっても、明るく前向きにイキイキと生きる姿勢は、私たちにとって大きな励みとなります。これからも彼らのように、どんな時でも笑顔を忘れず、前を向いて進んでいきたいと思います。
実はこの後、せっかく丸の内に来たのだからという高野さんの発案で、カフェに行きお茶をしました。これからも、本日得た貴重なご縁を大切にしていきたいです。
ⒸOryLab Inc.
『分身ロボットカフェ DAWN ver.β』は、様々な理由で外出が難しい「移動困難者」の方々が分身ロボット『OriHime』&『OriHime-D』を遠隔操作しサービスを提供している常設実験カフェで、株式会社オリィ研究所が運営しています。
ⒸOryLab Inc.
今回の記事にご参加くださった高野さん、ミカさんも分身ロボット『OriHime』&『OriHime-D』のパイロットとしての勤務経験を持っています。ぜひ、少し先の未来を体験しに来てください。