障がい者に対する意識の差を解消し、誰もが安心して活躍できる社会の実現をめざして、官民を挙げて様々な取り組みが行われています。

今回は、ユニバーサルデザインを推進する株式会社ミライロ、ダイバーシティ経営を推進する経済産業省、社会課題解決を軸に事業を展開する三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の方々に対談いただき、「誰もが安心で幸せな社会を創る」という視点から、障がい者インクルージョンがもたらす未来への可能性を紐解いていきます。

今回お話しいただいたのは以下の3名です。

株式会社ミライロ 代表取締役社長 垣内俊哉さん

経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室長 相馬知子さん

株式会社三菱UFJ銀行 CHRO(人事部担当) 取締役常務執行役員 丹後健史さん

 

 

官民を挙げて取り組む障がい者インクルージョン

丹後 MUFGでは、これからの時代、自分たちだけが成長するのではなく、いかに社会課題の解決に貢献できるかを目標に事業を展開しています。障がい者雇用は、持続的に成長できる社会のために重要な分野だと思っています。

垣内 ミライロでは、障がいのある方がより多くの場所で買い物や食事、旅行などを楽しめるように、様々な企業や自治体等をサポートしています。2023年には経済産業省が運営するインパクトスタートアップ育成支援プログラム「J-Startup Impact」に選定いただきました。そして、三菱UFJ銀行さんに出資していただき、MUFGグループ各社の障がい者雇用推進や、社会全体への新たなサービスや価値の提供において、ともに取り組みを進めさせていただいています。

相馬 私は現在、企業の経営戦略としてのダイバーシティ経営の推進を後押しする政策を担当しています。ミライロさんは、多様な人材の能力を活かし価値創造につなげている企業を表彰する、「ダイバーシティ経営企業100選」にも選ばれています。これは、経済産業省がダイバーシティ経営に取り組む企業の裾野拡大を目的に経済産業省が実施したものです。

丹後 私たちもミライロさんの企業理念や取り組みに賛同し、出資させていただきました。三菱UFJ銀行の障がい者雇用推進委員会で垣内さんにもお話ししていただきましたが、障がい者雇用は経営の重要な課題の一つだと考えています。

インフラ環境は良くなる一方で、懸念される意識の差

相馬 最初に経産省としての現状認識をお話ししたいと思います。まず数字で見ると、企業における障がい者雇用の割合は増えています。これは各社で様々な取り組みが行われている結果だと思います。一方で、入社した障がい者の方が活躍していくためのキャリアのステップがあるか、障がい者の特性に応じて適切な対応をするというダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DEI)が進んでいるかというと、まだまだ取り組むべき課題があると考えています。

垣内 環境面に関して言うならば、諸外国に比べて日本は良くなってきたと思いますね。よくバリアフリー対応が遅れていると言われていますが、都内の交通機関のうち地下鉄に関しては、東京メトロ・都営交通を合わせるとエレベーター設置率は98%です。一方で、今年オリンピック・パラリンピックが開催されたパリは4%、ロンドンで19%、ニューヨークで25%といった状況ですので、日本は間違いなく世界一バリアフリーが進んでいると言えます。

丹後 相馬さんのお話しにもあった企業における障がい者雇用が進んでいるという認識は、企業としても実感しています。一方で、私自身も日本のバリアフリーが進んでいるという感覚はなく、諸外国に比べて遅れているのではと思い込んでいる部分もありました。

垣内 バリアフリーが進み、日本は世界一外出しやすい国になりましたが、外出したくなるかどうかは別問題です。なぜなら、周りの意識が無関心か過剰かのどちらかに偏っているからです。このような事態を改善するためには、まず大人が変わっていかなければならないと感じています。

相馬 障がい者雇用やバリアフリーの数字上の変化も大切ですが、そうした意識を変えていくためには、インクルーシブ教育などが必要になりますね。

垣内 MUFGの皆さんにも受けていただいている、障がい者や高齢者との向き合い方やサポート方法をお伝えする「ユニバーサルマナー検定」は、東京都では必修授業になっている学校もあります。ユニバーサルマナーの授業を必修としている大学に入学が決まった車いすの学生さんから、「親元を離れて不安だったけれど、大学のみんながユニバーサルマナーを学んでいることが分かり、これからの4年間の不安がなくなりました」という声をいただき、涙が出るほどうれしかったです。やはり周囲の意識が変わっていくと、もっと外へ出ようという気持ちにつながっていくんだという手応えを得ました。

丹後 若い世代の多くの方にユニバーサルマナーが広がっていくのは、とても心強いですね。

垣内 企業や自治体が、積極的に学びの機会を提供しない限りは、他人事になってしまいます。その状態を変えるためにも、まずは意識を変えていくことが大切です。環境のバリアフリー化はコストがかかるため、各企業や自治体にとって時間もお金もかかるかもしれませんが、私たちは常々、「ハードは変えられなくても、ハートは変えられる」とお伝えしています。ハート=意識を変えていくことが、今後の重要な鍵になっていくのではないでしょうか。

相馬 障がい者雇用の促進と安定を目的に、障がい者雇用に特別の配慮をした特例子会社制度は、障がい者の雇用率をあげるというメリットがある一方で、意識の差を生む原因になっているという面はありますか。

垣内 特例子会社制度自体、「どうして分けて働かせるのか」など、海外の機関投資家から批判を受けています。人口比でみると、全ての部署に障がい者がいても不思議ではないくらいです。障がい者と健常者が別々の場所で働いていること自体、あるべき形ではないと思います。同じ空間で、同じように過ごしているからこそ、お互いに理解し合えることもあるので、このような働き方を変えていくことができれば、ハードもハートも間違いなく良い方向へ変わっていくのではないでしょうか。

丹後 MUFGの特例子会社の取り組みは、約40年前の1979年にスタートしました 。バリアフリーに投資して、集中的にサポートできる体制を実現したという点においては、一定の意味があったように思います。しかし、障がい者雇用は特例子会社が担うものだという意識を助長した面があるのは否めません。MUFGの様々な部署でも障がいをお持ちの方が働いているものの、社内の意識はまだ変わっていないように感じています。経営層から社員に至るまで、気持ちの面から変えていく必要があると思います。

垣内 時間はかかるかもしれませんが、持続的に成長し続ける社会のためにも、各社において意識醸成が進むと良いなと思っています。

徐々に広がってきた金融サービスへの門戸

丹後 政府としては、障がいがある方に対する意識を変えていくために、どのような取り組みをされていますか。

相馬 企業はお客さまに対して様々な配慮をされていますが、やはりどこまでやればいいのかなど、両者がお互いに意識をすり合わせるという面については、まだ手探りの状況だと思います。2024年4月に改正障害者差別解消法が施行され、企業が障がいのある方に対して、合理的な配慮を提供することが義務化されました。経済産業省もガイドライン(対応指針)を作っていますが、ケースバイケースで対応は変わってきます。こうした中で周知活動や事例の共有などを行っていきたいと考えています。

垣内 障害者差別解消法の改正は本当に偉大な一歩だと思います。一方で、その法律を武器にして、企業を訴える障がい者もいます。アメリカではADA(Americans with Disabilities Act)で訴えられる企業は、年間1万件を超えています。日本はまだ深刻な状況ではありませんが、訴訟は増えることが見込まれます。合理的配慮も、何をもって合理的と判断するかは、結局判例ベースになります。障がい者の希望に個別に対応することになるため、まずは個別対応を起こさないための動きをしていくことが大切です。

丹後 具体的にはどういった動きを指すのでしょうか。

垣内 環境・意識・情報の3つの分野において、不特定多数の人に対応できるようにしていくことが重要です。例えば、MUFGさんの場合、ATMを使いやすくしたり、店舗のバリアフリー化を進めたりしています。それらに加えて、役員の皆さんを筆頭に、障がい者への対応を深く学んでいくことで、組織として意識を醸成していこうとされています。さらに今後は、Web上のバリアフリーも課題になってきます。銀行のアプリケーションの操作性はトラブルの原因になりえるので、先に対応しておく、といったように、裁判が起きてから動くのではなく、あらかじめ取り組んでおくことが重要です。そうすることで、965万人の障がい者のマーケット、加えて3,622万人の高齢者マーケットを取り込むことができます。企業は、社会貢献や法令順守のみならず、ビジネスとしてやっていくことも意識していくべきではないでしょうか。

相馬 MUFGさんでは、サービスを提供するという面では、これまでにどのように変化してきたのでしょうか?

丹後 障がいのある方が、ATMの操作ができない、字が書けない、そもそもご来店ができない、といったことに対して柔軟に対応してきたのがここ10年くらいです。 我々もビジネスを展開していく上で、多様な考え方を持ち、変化に対応できるという組織風土でなければならないと感じていますが、あまり難しく考えすぎずに、あくまで自然に相手のことを考えていくのが一番だと思います。

垣内 これまで、金融サービスにおいて、保険に入れない、証券口座を開けないなど、障がい者の選択肢は限定されてきた一方で、2023年末に財務省の方とお話をさせていただき、実際に少しずつ門戸が開いてきたと感じます。今後、障がいのある方々が、様々な金融サービスを選択して自身の資産形成ができるようにしていくために、銀行は大きなハブの一つになると思います。こうした中で、MUFGさんが、障がい者のためのファイナンシャルインクルージョンを実現していくことは、きっと多くの企業にとってもお手本になるでしょうし、これからの指針になるのではないでしょうか。MUFGの皆さん全員がユニバーサルマナーを習得すれば、社会全体へのインパクトはとても大きいと思います。

一人ひとりが活躍できる社会へ

垣内 私自身は歩きたいとずっと願っていましたが叶わなかったので、障がいがあってもできることを探し続けていました。だからこそ、「障がいがあるから」「車いすだから」できることを見つけることができたのです。”でも”ではなく”だから”というものを探していくことこそ、自分の可能性や価値を最大化することにつながります。トラウマや障がいであったり、そういった様々なバックボーンを価値に変えられる社会、バリア(障害)をバリュー(価値)にできる社会を築いていきたいですね。

相馬 企業のダイバーシティ経営は、様々な人が活躍できるようにと進み始めていますが、障がいのある方や女性へのサポートをしつつ、皆さんが持つ個性や能力を最大限に発揮できる社会が理想ですよね。

丹後 障がいなど様々な問題があったとしても、どこに行っても、ストレスを感じることなく働けることが究極的な姿だと思います。そのためには、まずはちょっとした気遣いや配慮ができるというところからスタートして、進んでいければいいなと思います。

垣内 それらに加えて、もっと多くの方にユニバーサルマナーを学んでいただきたいです。障がい者と向き合うことを特別なこととして考えるのではなく、「できたらかっこいいよね」という認識が広がり、街中でサッと行動できるような日本になってほしいですね。ユニバーサルマナーでは、選択肢を提供することが大切だとお伝えしています。例えば、私は車いすに乗っていますが、飲食店に行った場合、最初から椅子が置かれていないことがあります。これは一見配慮のように見えますが、車いすに乗っている方の中には、椅子に移る方も一定数いらっしゃいますので、まずは本人に希望を聞くことが大切です。

丹後 サービス提供者としても、例えば、銀行窓口の本人確認を柔軟に対応するために、困っている方に対して「ご事情をお伺いしましょうか」と言うことが最初にやるべきことだと感じています。お伺いして個別に対応できるかどうかを考える、という発想をみんなが持てるようにめざしていきたいですね。

垣内 障がい者というと、段差や階段を無くそうという考えに行きがちですが、障がい者の中でも車いすユーザーは1割程度です。それに対して、点字ブロックや点字タイルが敷設されているオフィスや、磁気ループが設置されている会議室がどれだけあるかというと決して多くはありません。これからは偏りなく、特に内部障がいの方や、精神・知的・発達障がいを含めた、広い視野で考えていかなければいけないと思います。

相馬 現在、経済産業省では、ニューロダイバーシティ*という観点からの取り組みも行っています。発達障がい等、脳や神経に由来する一人ひとりの特性の違いを多様性として捉えて相互に尊重し、その違いを社会の中で活かしていこうとするものです。例えばコミュニケーションが苦手な方は、企業で求められる情報処理能力が長けていても、従来はなかなか活躍することができませんでした。人口が減少しつつある日本において、一人ひとりが力を発揮していくことが、今後の日本経済にとって必要になってくると思います。

*ニューロダイバーシティ:「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方。特に、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、学習障害といった発達障害において生じる現象を、能力の欠如や優劣ではなく、「人間のゲノムの自然で正常な変異」として捉える概念

垣内 ある企業の役員の方が、「ユニバーサルマナー検定の受講は、コストではなく、社員に対する福利厚生だと捉えている。分からない、できない、経験がないということで、躊躇してできないよりも、ちゃんと学びの場を提供していくことは会社として当然のこと。」と仰っていて、私自身もとても刺激を受けました。このようなマインドの企業が増えていることは、間違いなく日本が良い方向へ変わっていくだろうなと期待しています。

 

今回の対談は、ミライロのパートナー企業である伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(CTC)の特例子会社、CTCひなり株式会社が運営する「HINARI CAFE」にて執り行われました。「HINARI CAFE」はCTCグループ社員用カフェで、障がいのあるメンバーがバリスタとして活躍しています。カフェを通じてCTCグループ社員が交流を図り、多様性への理解を深め、誰もが安心して生き生きと成長できる職場をめざしているそうです。
今回は実際に「HINARI CAFE」で働く社員の方からコメントを頂戴しています。


「コーヒーのハンドドリップは未経験から始めました。腕も疲れるし大変でしたが、ハンドドリップを注文する社員の方々が美味しいよと言ってくれるのがうれしくて、もっと上手に淹れたいと練習しました。今ではうまく淹れられるようになり自分もうれしいです。」