今回ご紹介するのは、ボットを使った詐欺的な行為や、アドフラウド(不正なクリック等による広告詐欺)を防ぐツール「Spider AF」を開発した株式会社Spider Labsの CEO大月聡子さん。MUFGからは、同社の担当を務める三菱UFJキャピタル株式会社 投資第二部の田口順一さん、株式会社三菱UFJ銀行 スタートアップ営業部(取材当時)の浦野智敬さんの2名にお集まりいただき、起業に込めた大月さんの熱い想いや日々の葛藤から、MUFGから見た同社の魅力まで、幅広くお話しいただきました。
今回、お話をお伺いしたのは、
株式会社Spider Labs CEO
大月聡子さん
優秀な人材がいる研究室でも閉鎖に追い込まれる事態に直面し、仲間と起業することを選んだ
--大学院で原子物理学を学んだ後に起業をされたそうですが、いきさつについて教えてください。
大月さん 当時は理化学研究所に在籍しており、科学研究費をいただいていたので、起業をしようと考えたことはありませんでした。ところが、当時の政権による事業仕分けによって、周りで次々と研究室が閉鎖に追い込まれる事態に発展。ノーベル賞も獲れるほど優秀な研究者もいるのに、なんてもったいないことをするんだろうと思っていました。
そんなとき、学会の後に行われた懇親会の席で友人と話をしていたら、「好きなことをしてお金をもらっているんだから文句を言うな。1円でも自分で稼いでから言え」と怒られてしまったんです。(笑) 若さによる勢いもありましたが、すぐにその場にいた仲間に声をかけたらみんなも「やりたい!」となったので、起業することになりました。
田口さん すごい話ですよね。すぐにうまくいきましたか?
大月さん いやいや、全然ダメですね。名刺の作り方も、請求書を送らないとお金をもらえないといった根本的なことも何も知らなかったので。(笑) 当時従業員は5人いましたが、最初の2か月はお給料の支給も少し待ってもらったほどです。
浦野さん そこから突破口となった出来事などはありましたか?
大月さん 私たちは物理や数学が専門ということもあり、データ分析やプログラミングが得意だったので、まず取り組んだのは受託開発です。ちょうどスマートフォンやソーシャルメディアが流行り始めた頃でしたが、そういった分野の開発をできるところがあまりなかったんです。
しかも、Facebook広告のローカライズに必要な英語に対応している会社も少なかったので、開発と英語の両方ができるということで大手代理店からのお仕事をいただけるようになりました。
数々の失敗を繰り返したのち、お客さまのニーズに合わせて生まれたのがアドフラウド対策ツール
浦野さん その後、どのようにして現在のアドフラウド対策ツールへとつながっていったのでしょうか。
大月さん 粛々とソフトウェアの開発をしていたのですが、私たちが開発してもリリースするのは他の会社なので、だんだんうらやましくなってくるわけです。自分たちのサービスも出してみるものの、ビジネスのことをきちんと勉強していない学生上がりのままだったので、ローンチしては失敗するというのを繰り返していました。
そんな中、広告系のお客さまからのニーズに合ったものを作ってみたら意外と当たったので、これで行こうと。そこで、今まで担当していた受託開発も全てお断りして、アドフラウド一本に絞って取り組むことにしました。それが起業から6年経った2017年のことです。
田口さん 私が大月社長と初めて会ったのも、同じ年でしたよね。「B Dash Camp」という起業家と投資家が集まるイベントで、事業の原点や今後の計画などいろいろとお話を聞かせていただいたのを覚えています。
大月さんが「私はこの1年でこれをやります」とはっきり宣言されていたのがとても印象的で、イベントでお会いした数百人の起業家の方々の中でも特に鮮明に記憶に残っていました。
--本格的にお仕事をご一緒するようになった決め手は何ですか?
田口さん 初めに聞いていたプランでは、上場規模のアドネットワーク運営企業等に次々とアプローチしていき取引先にしていくというような内容だったので、まだ実績もない中、これは大変だと思っていました。でも、1年後にお会いしたら、当時言っていたことがほぼ実現できている。
我々はベンチャーキャピタルといって、売り上げ規模が小さいときに投資をして将来を予測するのが仕事なので、そういう観点から言っても目標通りに進められているのはとても評価が高かったです。そこで、2019年に初回の投資を行い、2021年に追加投資をさせていただきました。
大月さん 伸び悩んだ時期もありましたが、あれから現在にいたるまで右肩上がりの業績が続いているので、2017年当時と今を比べると売上も20倍くらいまで拡大しています。
危機に直面したとき、
乗り越えられたのは正しい判断ができたおかげ
浦野さん 順調に売上を拡大されてきたわけですが、そのプロセスでは当然、苦労されたこともあったと思います。
大月さん そうですね。ピンチというか、転機になった出来事は2回ほどありました。まずはマーケット自体がなくなりそうな危機に直面したことです。ネットワークやモバイルアプリにフォーカスしていたときに、情報規制が強化される事態に。このままでは先がないなと思ったので、一般的なウェブ広告に早い段階でシフトしました。営業や開発面で伸び悩みもありましたが、今思えば良い判断だったと思います。
2度目は、権限譲渡の問題が立ちはだかったときです。会社が大きくなり、売上規模をもう一段階大きくしたいと思ったら、きちんと取り組まなければいけないのが組織作りです。開発にしてもマーケティングにしても、持続的な成長を考えるなら、スーパーマンの様に何でもできる人が数人で回している会社は成長しません。さらに、人は数字や目標だけに偏り過ぎると助け合いをしなくなってしまうので、今は会社のビジョンや私のパッションをみんなに正しく届けることに注力しています。
田口さん 大月さんは本当にパワフルなので、いつもすごいなと思っています。2回目に投資させていただいたときには、3人目のお子さんを出産されていますが、産後1週間で取締役会に出たり、ピッチに登壇をされたりしていましたよね?株主としてもっと休まなくて良いのか心配していました。
大月さん 誤解を生まないように付け加えますが、さすがに1人目のときは3か月くらい休みましたよ。ただ、3人目になると何が起きるか大体予想できるので、意外と大丈夫なんです。(笑)
田口さん でも、そんなふうに会社のビジョンや仕事を大事にしつつ、育児も両立し、全部をこなしてしまうエネルギー量の高さがすごく良いなと感じています。海外出張に行くときは、「小さい子どもたちを置いていくのに結果を出さないなんてありえない」とご自身にプレッシャーをかけてから出かけていると伺いました。実際、子どもたちへのコミットも強いですよね。
大月さん 子どもたちは私が家を空けると泣いてしまうので、行きたくなくなるのですが、そこまでするからこそ「絶対に成果を持ち帰る」ということを、自分の中で決めています。
国内も海外も細かく分析し、新たな取り組み方で挑んでいる
--今後、海外ではどのような展開をしていきたいとお考えですか?
大月さん 日本国内は好調ですが、3年目に突入した海外の事業が思うようにいっていないので、まだまだ課題は多いなと。半年ほど前から自分で担当するようになりました。
浦野さん 日本と海外では、どういった違いがあるのでしょうか。
大月さん 日本の場合は人口1億2000万人しかいないマーケットなので、ターゲットに合わせて細かくアプローチすることで効果を上げることができますが、海外の人口は80億人。そうなると広くマーケティングを行うだけで、ある程度の効果が得られると言われています。
ただ、それはグローバル規模の資金力がないとできない方法。にもかかわらず、私たちも同じやり方をしていたので、マーケティング活動を行ってもほとんどがノイズになってしまい、結果につながりませんでした。今は、海外だろうが国内だろうが、細かく分析して施策を行うべきだと気が付いたので、新たな取り組み方に挑んでいるところです。
浦野さん そもそもSpider Labsさんが海外で勝負できる理由は、エンジニアのチームがグローバルな構成であること。様々な国籍やバックグラウンドを持っている方々が集まっているので、ダイバーシティという意味でもこれは強みですよね。
大月さん 確かにそれはありますね。私の夫でもあるCTOがポルトガル人で、オフィスも自宅もポルトガルにあるので、社員の半分以上は日本人ではありません。そのため、プロダクトも基本的には全部英語で作り、それを翻訳するという流れにしています。
今後も英語は必要不可欠なので、日本人のスタッフには英語のレッスンをつけているところ。私もまだレッスンを続けていますが、発音にかなり力を入れて勉強したらいきなり聞き取れるようになりました。最近は海外でもピッチをしなければいけなくなったので、とりあえず飛び込んでみるのも必要だなと。実践していくうちに度胸がついて話せるようになった感じです。
田口さん あとはやはりご夫婦で共同創業されていることもあって、お互いに何でも言いたいことを言い合えるのは強いなと思います。ベンチャーでは、ビジネスの人と技術の人が組んでも、結果的に物別れに終わってしまうことはよくありますからね。
相性の良い金融機関を見極めるうえで重要なのは、どこまで自分たちにコミットしてくれるか
--国内が好調な理由については、どのように分析されていますか?
大月さん 初期に伸びた要因の一つは、営業よりも先にPR担当を採用して、リリースやイベントなど、PR活動に力を入れたことが良かったのではないかと考えています。よく使われているオンライン会議やメッセージのアプリも、機能だけでなくPRによる“キラキラ感”が多くの人を惹きつけているところがありますから。最近になって、改めてPRの重要性を実感しているところです。
田口さん あとは、コンプライアンスが叫ばれている中で、アドフラウドのお金が反社会的勢力や犯罪組織に流れてしまうことが徐々に知られてきたのも大きいですね。海外に比べると日本はまだまだ啓発活動が必要な段階ではありますが、我々も広告主の方々とおつなぎする中で、大企業との実績があることが信頼感となって売り上げに結びついているように感じています。
--金融機関とのうまい付き合い方などがあれば、お聞かせください。
大月さん 今お話があったように、ご紹介をしてもらえる方がいれば、恥ずかしからずにどんどんお願いをするのが大事だと思います。ダメなことはちゃんとダメだと言ってくれるので、私の場合はとにかく相談してから考える、という感じです。あとは、やっぱり相性もあると思うので、まずは自分に合う金融機関を見つけることですね。
最初に対面するのは営業の方なので、みんな人当たりがよくてプレゼンがうまいのは当然ですが、そのあとどこまでコミットしてくれるかを見極めるのが重要になります。
浦野さん 銀行側のお話をすると、Spider Labsさんと MUFGが良い関係を築けている理由は、大月さんが着飾ることなく全てを話してくださっているからというのも大きいですね。起業家の中には、自分の会社の良い所のみを強調する方もいらっしゃいます。勿論会社をより良く見せるためにそういうスキルも一部必要だと思います。しかし、融資を行う銀行が大事にしているのは“長期的な信頼関係を築けるか“という視点です。
事実、私たちは表面的な良さよりもどんな弱みや課題があるのかを知ったうえで融資したい、という考えを持っています。面談の初期段階から社内で抱えている悩みや課題をしっかりと伝えてくださる大月さんとは信頼できる取引ができると感じました。
田口さん 初回投資以降、弊社はオブザーバーとして取締役会にも参加していますが、顧客・アライアンス候補の紹介だけでなく、幹部候補の面接に立ち会ったり、組織内の相談に乗ったりと、幅広いサポートをさせていただいています。
MUFGではファイナンス面のやりとりだけでなく、総合的な支援を提供できるのが強み
--では、今後の展望については、どのようにお考えですか?
大月さん まずは、売上の半分以上を外貨で稼げるような会社にしていきたいです。そうすれば、マーケットに外貨が流れるようになり、巡り巡って日本をより良くすることにもつながるはずですからね。もちろん、私たち1社だけで変えられるとは思っていません。私たちの後に続くスタートアップの会社が増えていけば、大きなインパクトになるのではないかなと。そういった野望は、以前から持っています。
浦野さん 今後会社がグローバルベースでさらに大きくなることをめざしていく中でグローバル展開のサポートというのもMUFGの得意分野でもあるので、そのパートナーとして総合的な支援をさせていただけたらと思っています。またファイナンス面の支援は勿論のこと、私たちMUFGには幅広い顧客基盤がありますので、ビジネスマッチングとして経営課題解決につながる様々な会社をご紹介できるのも強みだと考えています。
田口さん 一緒に上場をめざして行きたいですね。
大月さん いやいや、もっと上に行くつもりですよ!
田口さん もちろん、我々もそのつもりです。Spider Labsさんの業績が伸びれば、日本から広告詐欺が減ることにもつながるので、このサービスには社会的意義も感じています。特に、アドフラウドというのは、捕まるリスクが低いので犯罪者集団がなかなか減らないのが特徴。しかも、最近ではモニターを並べて不正クリックするだけでなく、関係ないフリーアプリの中に仕込んでいるパターンも増えているので、自分も気が付かないうちに不正に巻き込まれてしまうケースもありえますからね。
大月さん 実際、私たちが見つけた違法アプリでは、ダウンロード数が12億を超えていたので、それだけ多くの人が巻き込まれているのが現状。私たちのツールでアドフラウドをブロックできれば、どんどん世の中がクリーンになっていきますし、広告効果もあがるので、もっと広めていきたいです。
--最後に、起業をめざしている方々や働く女性たちに向けてメッセージをお願いします。
大月さん 昨今多くはなってきていますが、ビジネスにおいて、女性起業家はまだまだレアな存在ではあるので、男性よりも注目度が高まり、逆にチャンスをもらえる場合もあります。
浦野さん 確かに、女性起業家を支援するイベントをはじめ、業界全体が女性をサポートしようというムードは今すごく盛り上がっていますよね。
大月さん ということは、数年後には女性起業家だらけになり、そういうポジティブポイントもなくなる可能性があるので、起業するなら今ですよ。そして、もっと若い世代に伝えるなら、理系に進んでおくとデータを分析できたり、ロジカルな思考を学べたりしてビジネスの判断をするときに便利なので、将来のことを考えるならオススメです。私も子どもたちの世代に豊かな日本を残せるようにがんばります。
前編・後編の2回に渡り、幅広い分野で注目を集めて活躍している女性起業家の方々と、彼女たちを支援するMUFGの担当者との対談をお送りしました。
この様に、MUFGでは積極的にダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DEI)に資するビジネスへの支援をしています。
その一つとして、三菱UFJモルガン・スタンレー証券はMUFGの戦略的パートナーであるモルガン・スタンレーが欧米で展開する「Morgan Stanley Inclusive Ventures Lab」を活用し、新たなスタートアップ伴走プログラム「Japan Inclusive Ventures Lab (JIVL)」を開始することを今年3月に公表しました。JIVLでは、女性や多様なバックグラウンドをもつ創業者・経営陣が設立または運営する日本のスタートアップの事業構築を促進することを目的とし、経済産業省等のスタートアップ創出戦略に沿って、Born Global 、経済社会構造変革、日本の持続的成長への貢献をキーワードとしてスタートアップの成長に伴走します。投資リターンや本業とのシナジーといった従来の判断基準にとらわれない投資・支援を実現することで、証券市場の発展に貢献していきます。
概要はこちら:https://www.morganstanley.co.jp/ja/jivl
この様な民間企業の取り組みの他、経済産業省では、日本貿易振興機構(JETRO)・新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と共に事務局となり、「J-Startup」というスタートアップ企業の育成支援プログラムの運営を行っています。J-Startupでは、実績あるベンチャーキャピタリストや大企業の新事業担当者等の外部有識者からの推薦に基づき、潜在力のある企業を選定、政府機関と民間支援機関が中心となって集中支援を行っています。経済産業省では、このJ-Startup選定企業において、女性経営者比率を20%以上(現在は8.8%)にする目標を掲げています。今回、お話しを伺った大月さんの株式会社Spider Labsも2023年にJ-Startup企業に選定されています。
J-Startupを担当する経済産業省・新規事業創造推進室からのコメントは以下の通りです。
「日本の女性起業家数は年々増加している一方、スタートアップの起業家に占める女性起業家の割合は未だ低水準に留まっています。その背景には、女性起業家は起業家ネットワークへのアクセスが限られ、相談相手や情報が得られにくいなどの課題が存在しています。経済産業省では2023年5月に公表した「女性起業家支援パッケージ」の中で、J-Startup選定企業における女性起業家の割合を8.8%から20%以上まで増加させる目標を掲げており、今後国内外で活躍する女性起業家がさらに増えていくよう、総合的な支援を推進してまいります。」