新卒中心の時代が長かった日本の人材市場が大きく変革を遂げようしています。

前編では、実際にキャリア採用としてMUFGグループで働く皆さんに多様な人材が活躍できる企業文化やご自身の体験談についてお届けしましたが、後編では、変化する社会の中で、人材の流動化やリスキリング等を通じて、多様な人材が成長や自己実現をしやすい環境を社会全体で創っていくために、経済産業省で行っているリスキリングを通じたキャリアアップ支援事業や、企業のダイバーシティ経営推進についてお話しをお伺いしました。

お話しいただいたのは下記の方々です。

リスキリングや労働移動の円滑化を担当されている
経済産業省 産業人材課 課長補佐
小澤 俊一郎さん

人的資本経営の推進を担当されている
経済産業省 産業人材課 課長補佐
西村 萌さん

企業のダイバーシティ経営推進を担当されている
経済産業省 経済社会政策室 室長補佐
神野 真帆さん

先の見えない時代、変化のスピードが早い時代だからこそ、いま「人的資本経営」が注目されています。

―多様な人材の活躍を重視する企業が増えていますが、ここ数年で、人的資本経営が注目されるようになった背景について教えてください。

西村さん 企業を取り巻く経営環境はグローバル化や少子高齢化、あるいはDXやGXの進展で大きく変化していますが、こうした変化に対応できる多様なスキルを持つ人材が育ち、活躍できる環境が十分に整っているかを見ていくと、様々な綻びが生じています。

小澤さん 具体例として、ある調査では、日本企業の人材投資額の対GDP比率や個人で自己学習に取り組んでいる人の割合が先進各国の中でも特に低いという結果になっていますよね。

西村さん 日本企業の従業員エンゲージメントも、世界全体でも見ても低いようです。日本企業はこれまで社員を大事にし、長期雇用するスタイルが競争力の源泉となっていた時代がありましたが、企業環境の変化のスピードが上がる中で、画一的な雇用システムでは、もはや変化に対応することは難しくなっていると言えるかもしれませんね。

神野さん いまは、投資家も人的資本への投資に着目しています。中長期的な投資・財務戦略において重視すべきものとして、約7割の投資家が人材投資を挙げているという調査結果もあります。
既に米国市場では時価総額に占める無形資産の割合が90%ですが、人的資本は、そうした無形資産の基盤です。投資家の期待の中で、国内では、2023年3月期末決算から有価証券報告書での人的資本情報の開示の義務付けが始まっており、国際的にも開示基準の策定や更新が進んでいます。

西村さん そうですね。そういった世の中の流れから見ても、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげていく、「人的資本経営」を進めていくことが欠かせません。つまり、企業の人材戦略を経営戦略と連動する形で再構築し、経営戦略を実現するために、いつまでに、どのようなスキルを持つ人材を、どのくらいの数で、どこに配置する必要があるのかといった動的な人材ポートフォリオを検討し、キャリア採用を含む人材の獲得や育成を行う必要があります。多様な人材の能力が発揮されるような環境の整備も重要だと考えています。

小澤さん 日本企業が人的資本経営の実践を進めるとともに、その方針について投資家等のステークホルダーと対話していくことで、人的資本に取り組む企業の企業価値が適正に評価され、世界中から資金を集め、さらに企業価値向上の取組みを進めるというサイクルが加速することに期待したいですね。

 

多様な人材を活かし、一人ひとり能力を発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出す「ダイバーシティ経営」

―企業が人的資本経営の実践を進めるにあたり、多様な人材の能力が発揮されることで企業にもたらす影響について、どう捉えていらっしゃいますか。

神野さん 経済産業省では、人的資本への注目の高まりといった潮流も踏まえ、多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営を「ダイバーシティ経営」と定義し、企業における取組みを推進しています。
ここでいう「多様な人材」というのは、性別、年齢、人種や国籍、障がいの有無、性的指向、宗教・信条、価値観などの多様性だけでなく、キャリアや経験、働き方などの多様性も含みます。

西村さん 今回のテーマであるキャリア採用の方々も、まさに「多様な人材」が意図しているところに含まれますね。

神野さん はい。そのような多様な人材が活躍することで、期待される企業の価値創造に関する効果の一例として、①プロダクト・イノベーション(商品・サービスの開発・改良等)、②プロセス・イノベーション(生産性の向上等)、③外部評価の向上(優秀な人材獲得等)、④職場内の効果(社員満足度の向上等)等が知られています。

 

労働移動の円滑化やリスキリング等を通じて、働く人が成長や自己実現をしやすい環境を社会全体で創っていく

―多様な人材が活躍していく社会を作っていくためにも、改めてリスキリングの重要性が高まっていると思うのですが、企業側にはどんなことが求められているのでしょうか。

小澤さん リスキリングは言い換えると能力の再開発のことで、それ自体は今に始まったことではありません。現在その必要性が急速に高まっているのは、構造的な人手不足により、企業側の人材確保が今後ますます厳しくなる中で、企業における最適な人材再配置と労働生産性の向上がこれまで以上に急務となっているからだと捉えています。

西村さん DXやGXなどにより産業構造が変わり、さらに国際政治情勢や技術の進歩も相まって企業の経営環境は目まぐるしく変わってきていますよね。

小澤さん そうですね。当然、従業員に求められるスキルもどんどん変化していくわけですが、一般的なOJT研修は、配属後に上司や先輩から過去の経験上の対応を学ぶものであるため、それだけでは予測不可能な変化への対応が難しくなります。DXやGXはいわば課題解決のためのツールであり、それらを実現するための人材を育成する手段こそがリスキリングです。

神野さん リスキリングを通じて、変化の荒波に対応できるスキルを身に着けた人材が企業価値の源泉になるとも言えますね。

小澤さん はい。そのためにも、企業は経営戦略と人事戦略を連動させる人的資本経営を実践し、従業員に対して「なぜ学ばなければならないのか」「学んだ結果はどう活かされるのか」等を明確に示した上で、戦略的にリスキリングを促す必要があります。同時に、従業員が将来を見据えて自律的にキャリアを形成できるよう、それぞれの過去の経験やスキル、キャリア上の意向、強い意欲をもって取り組める学習領域などを理解するプロセスが重要であり、丁寧に支援することが企業側に求められます。

神野さん 一方、従業員個人に着目すると、特に若い世代のキャリアに対する考え方に変化が生じているという調査結果が多く見られます。自己実現のためにスキルを高め、よりよいキャリアを歩みたい。会社任せではなく、それぞれの個人が自律的にキャリアを考える傾向が強まっている証拠だと思います。労働需要が変化する中で、若い世代を中心に自律的なキャリア形成への志向が強まると、これまでのように企業だけではカバーし切れなくなります。個人のリスキリングを企業だけに任せるのではなく、社会的にも支援していく必要があります。

西村さん 社会的な支援については、経済産業省で新たな取組みを始めていますね。

小澤さん そうですね。経済産業省では現在、「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」という基金事業を執行しています。在職者個人を対象に、キャリアの棚卸しとキャリアゴールを設定する「キャリア相談」から、キャリアアップに必要な「リスキリング」、リスキリングを踏まえた転職相談・職業紹介といった「転職支援」まで、まさに入口から出口までを一体的に支援するのが特徴です。
対象者も、正社員や契約社員、派遣社員、パートやアルバイトと幅広く、キャリア相談や職業紹介は全て無料です。リスキリングについても、対象講座はIT、AI、経営、税務、会計、介護福祉等と多岐にわたっており、その受講費用は最大70%、最大56万円が補助される仕組み(実際に転職し、その後1年間継続的に転職先に就業していることを確認できる場合)となっています。

神野さん 個人のリスキリングを企業だけに任せるのではなく、社会的にも支援していこうという趣旨から、本事業はキャリアの自己実現に向けて一歩踏み出そうとする個人を後押しすることで、社会全体で見ればリスキリングの機運醸成と労働移動の円滑化を同時に進め、最終的には構造的な賃上げを実現することを目的としているんですよね。

小澤さん そうですね。実際に、製造業の派遣社員だった20代の女性が、本事業の支援により、雇用形態を変えて安定的な業界で働きたいというキャリアゴールを定め、インフラエンジニアのリスキリングを受講し、大手企業のデータセンターの運用・保守の正社員として転職し、年収もアップしたという成功事例も出ています。
このように未経験であっても飛び込むチャンスは大いにあります。人的資本経営の実践により、企業側もスキルベースの採用、スキルベースの人材配置が今後増えてくることでしょう。こうした成功事例は今後増えていくものと信じています。

 

 

一人ひとりが活躍し、自己実現ができる社会へ

―キャリア採用やリスキリングによって一人ひとりが活躍できる環境を社会全体で創っていくうえでのポイントを改めて教えてください。

神野さん 事業環境が急激に変化する予測困難な時代において、企業がダイバーシティ経営を行い、価値創造につなげていくためには、「多様な人材」をただ企業内に増やすだけではなく、一人一人にしっかり活躍していただくための「インクルーシブ」な組織風土を醸成することが重要です。誰もが職場で受け入れられ、自分らしさを発揮できている、こういった環境を経営層・人事・現場管理職がしっかりと連携してつくっていくことが必要だと感じています。

西村さん 日本社会は今後、キャリアや人生設計の複線化が当たり前となり、多様な人材がそれぞれの持ち場で活躍できる社会へと転換していくと思われます。
実際に、特に若い世代のキャリア自律への関心の高まりを受けて、キャリアプランの作成を支援する研修の導入、メンター制度やキャリア面談制度の拡充、希望の仕事・ポジションに応募できる公募制度の導入といった、従業員のキャリア自律をサポートする取組みを実施する企業が多くなりました。
このように、会社も従業員一人ひとりと丁寧に向き合い、それぞれの能力を発揮できる環境を整えていくことで、個人と会社には互いに選び選ばれる関係が構築されるようになると思います。

小澤さん 個人のキャリア形成においては、自分は何をしたいのか(Will)、何ができるのか(Can)、そのために何が必要なのか(Must)、このWill-Can-Mustの視点から戦略をしっかり立てることがますます重要になってきます。リスキリングは自分に足りていない部分を補うための手段で、まさに未来の自分への投資とも言えますが、逆に言えば、回収見込みのない投資に手を出してしまっては意味がありません。つまり、戦略なくして投資なし、投資なくして成功なし、ゆえに戦略なくして成功なし。キャリアの自己実現に向けては、戦略に沿ってリスキリングを実行していくことが最も大事なことだと思います。
先ほどご紹介した経済産業省が実施する「リスキリングによるキャリアアップ支援事業」のキャッチコピーは「新しいスキルで、新しいチャンスを」です。
新しい環境に目を向けたい、スキルを身に付けてキャリアアップに挑戦したい、という意欲のある方々に是非とも本事業をご活用いただきたいと考えています。

※「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」公式ウェブサイト
https://careerup.reskilling.go.jp/

 

 

本日は、貴重なお話をありがとうございました。