「ビジネスの場においても、いろいろな性別や立場の人たちが自分らしく発言しあえることが本来のあるべき姿。それがダイバーシティ、多様性ということだと思います」。
そう語るのは、経済産業省でダイバーシティ関連政策を手掛ける相馬知子さん。現在の日本に於けるダイバーシティはどう実践され、どのような課題を抱えるのでしょうか。

世界50カ国、グローバルに展開し、女性の活躍支援を含め、さまざまな課題解決に取り組んでいる三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の銭谷美幸さんと上場庸江さんをお迎えし、「時代の変化に対応していくためのダイバーシティ」について伺います。

【お話しいただいたのは】
経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室長
相馬知子さん

三菱UFJフィナンシャル・グループ グループ・チーフ・サスティナビリティ・オフィサー(CSuO)
銭谷美幸さん

三菱UFJフィナンシャル・グループ 人事部部長 兼 ダイバーシティ推進室室長
上場庸江さん

諸外国に比べて遅れている日本。逆に考えよう、「まだ女性活躍の余地がたくさん残っている」


--まず、相馬さん、日本のダイバーシティの現状と課題について、経済産業省のお立場から概要を教えてください。

相馬さん ひと言でダイバーシティと言っても、年齢・性別・国籍などの表層的ダイバーシティから、個人の内面に関わる深層的ダイバーシティまで、幅広い要素が含まれます。「内面の多様性」はまだまだ知られていない分野だと思いますが、いろいろな人が自分らしく話し合えることが新しいビジネスの発想のもとになり、それが本来あるべき姿だと考えています。そうなるための仕組みづくりを経済産業省としても推進しています。

――女性活躍に関する指数などを見ても、日本は諸外国に遅れをとっています。

相馬さん 仕事をしている女性の比率は高いのに、責任や決定権のある立場には少ないのが日本の現状です。女性に決定権がないことが多く、意見が通りづらいんですね。この環境では、この先の企業のあり方やビジネス展開についても、画一的な判断になりがちです。

ダイバーシティとは女性活躍だけにとどまりません。女性に限らず、さまざまな経験やスキルのある人材を取り込んでいくことで企業の持続的成長につながっていくと考えています。

DEI(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)はMUFGも優先課題として取り組んでいる

--日本はまだまだ課題が山積みですが、三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)でダイバーシティ推進を統括する上場さんは、どのような課題意識をお持ちでしょうか。

上場さん DEIは、変化の大きな時代にしなやかに対応していくための組織としてのレジリエンスを高めるもので、一人ひとりが持つ多様な違い(持ち味)や強みを活かしてこそ、持続的発展につながっていくのだと考えています。

例えばアメリカでは、リーマンショックの原因は、「同質的な取締役会の構成」にあったと指摘されており、ボードに女性含む多様な視点があれば、避けられたのではとも言われています。

ダイバーシティに欠ける均質的な組織は、集団であるがゆえにかえって不合理な意思決定がなされてしまう「グループ・シンク(集団浅慮)」に陥りがちで、リーマンショックのケースに該当すると言われていました。

多様性はリスク管理の面でも重要であるという事です。また、新たな価値の創出という意味でも、企業としては、一人ひとりが活躍できる環境や仕掛けを作ることが重要だと考えています。多様な人材が公平にチャンスを与えられ、彼ら彼女らが持つ能力を発揮することが企業の利益にもつながります。

このような一人ひとりの違いや強みを活かす視点は、企業の人事部門だけが持っていればいいものではなく、各部署やプロジェクト単位で日常的に関係メンバーをインクルージョンしていくことで実現できるものと考えています。

--MUFGでは優先課題として「10の取り組み」*1を設定しています。その中のひとつにインクルージョン&ダイバーシティを位置付けていますよね。CSuOである銭谷さん、なぜなのでしょうか?
*1 MUFGの優先課題  https://www.mufg.jp/csr/materiality/index.html
銭谷さん 世界中でよりよいサービスを提供し続けるためには、ダイバーシティの発想は経営戦略としても重要ですね。大きく世界が変わっていく一方で、日本は気づかないうちにモノカルチャーのような状況になっている部分が多くあります。当社は、50か国に展開しているため、常にさまざまな変化に直面し、同時にビジネスチャンスを獲得してきました。

--女性活躍推進の波にも応じ、メンター制度もいちはやく充実させたと聞きました。

上場さん はい。女性活躍推進法が施行された2016年度より次世代経営を担うトップ層女性育成を目的とした「役員メンタリング」を開始しました。初年度は女性メンティ10人未満の小さなスタートでしたが、順次拡大し、今年度のメンティは約300名。すべての役員がメンティである女性育成に直接関与しています。

銭谷さん 今年のノーベル経済学賞を、男女の賃金格差の要因を研究したクラウディア・ゴールディン氏が受賞したことは象徴的でした。日本でも経済の発展に伴って女性の就業率は高くなっていますし、一見すると働き方もよい方向に変わってきているように見えます。

しかし現実はいまだに、長時間働くことが無意識に評価の対象になるなど、実態としては変わっていない部分が多い。ですが、この先高齢化が進むと、例えば介護の担い手問題はよりいっそう深刻化します。働き手の確保のためにもさらに多様な働き方が求められることは間違いありません。つまり、これは女性や一企業だけの問題ではなく、社会システムとしても迅速な対応が必要な課題だと思っています。

「女性活躍推進」に優れた上場企業を選定する「なでしこ銘柄」


--このような民間事例を受けて、政府は具体的にどんな取り組みをしていますか。

相馬さん 「なでしこ銘柄」という言葉をお聞きになった方は多いと思います。経済産業省と東京証券取引所が共同で平成24年度より実施している取り組みで、女性活躍の推進に優れた企業を「中長期の企業価値向上」を重視する投資家にとって魅力ある銘柄として選定・発信することで企業への投資を促進し、各社の取り組みを加速化していくことを狙いとしています。

なでしこ銘柄を選定する際の評価項目として、管理職における女性比率などはイメージしやすいと思いますが、経営戦略に基づいてトップがコミットした女性活躍を進めているか評価していることも特徴です。また、男女を問わない両立支援も評価項目のひとつです。

日本ではまだまだ家事育児を女性が担うという風土が残っていて、それが女性活躍のハードルのひとつになっています。もちろん、結婚や出産といった個々人の選択はそれぞれ尊重されるべきですが、大事なのは、子どもを持ちたいと思った人がその意志を通せること。そして子どもを産んだあとも仕事を続けられること。

例えば、企業の両立支援策が、利用者が女性に偏るような制度となっている場合、結果的に家事やライフイベントと仕事の両立の負担が女性に偏り、女性活躍に結びつかないこともあります。よって、育児・介護以外の理由も含め、男女を問わず従業員の希望に応じて働く時間や場所を選ぶことができるような環境の整備等を通じて、従業員一人ひとりの働き方をよりフレキシブルにしていく必要があります。

このように、誰もが働きやすいことが、ひいては女性活躍につながっていく。政府としても、なでしこ銘柄等を通じて、こういった企業の取り組みを後押ししています。

そのほかの経済産業省の取り組みとして、女性リーダー育成研修や、生理や妊娠・出産、更年期など女性のライフステージ別に直面する健康課題をテクノロジーで解決するフェムテックの推進、女性起業家の支援なども行なっています。

--MUFGも取り入れているメンタリングですが、企業間の垣根を越えた「クロスカンパニーメンタリング」も、経済産業省主催で行なっているそうですね。

相馬さん 社内でメンタリングをしても、本音がなかなか出せないという声が挙がりました。そこで昨年度は29社54名にご参加いただき、役員クラス、部長クラスという二つのレイヤーに分けて会社の垣根を越えたクロスカンパニーメンタリングを実施しました。

参加者からは「仕事への意欲が高まった」「将来への希望が持てた」「メンタリングを通して自分を振り返ることができた」といった声が寄せられ、参加者アンケートによると、昇進を望む女性は、実施前は3割弱でしたが、実施後は7割超と大きく増加しました。参加企業同士でノウハウを持ち帰り、その後独自にクロスカンパニーメンタリングを始めている事例も出てきています。経済産業省も実施のノウハウをまとめたPLAYBOOK*2を公開していますのでご覧ください。
*2 https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/wil/R4playbook.pdf

女性のマネジメントスタイルにもさまざまな形がある。フォロワーシップ型にも注目が集まる


--銭谷さんはサステナビリティの専門家としてMUFGにキャリア採用されたと伺いました。男女間格差の解消だけでなく、ダイバーシティについての思いを教えてください。

銭谷さん マネジメントのスタイルも昔とは変わってきていて、変化が激しく多様な価値観が広がる今はフォロワーシップが注目されています。従来の様にリーダーがすべての面で引っ張るスタイルと異なるマネジメントスタイルの形もあっていい、というのが私の考えです。

以前、台湾の大臣が「リバースメンタリングで気付かされたこともある」という発言をしていました。年齢が上の上司から部下へのメンタリングだけでなく、若い人からの逆メンタリングで、新たな発想や世代間の異なる意見から気づきを得る機会にもなると考えます。

同じ物事を見るにしても人によって見え方は違うので、MUFGではアンコンシャスバイアスに対処する研修なども行なっています。それがゆくゆくは企業のイノベーションにもつながっていくと思っています。

--バイアスを取り払うためにはどのようなことを心がけ、実施していけばよいのでしょうか。

銭谷さん まず男女間の意識の差として、多くの女性社員が管理職層になることを「負担感の高いチャレンジである」と捉えています。管理職層には実務だけでなく労務管理も発生するので、自身のフレキシビリティが減るという間違った懸念があるのではないでしょうか。

そんな時にアンコンシャスバイアス研修を受けることで、自分のありたい姿を見直し、管理職だから可能となること、またメンタリングで周囲の人の手を借りる機会を得ることもできます。さまざまな方向から女性の背中を押すことも大事だと考えています。

また、大きな組織になると、他部門のことに口を出すのをはばかられる、遠慮してしまう傾向があります。しかしながら、いろいろな面で協働すればそれだけ自身のアンテナが高くなり視野も広がります。

三菱UFJ銀行では、若手が職責の高いポストにチャレンジする”Position Challenge”や、自らアイデアを提案し部門外の仕事のプロジェクトリーダーとなる”Position Maker”等、社内でキャリアメイクしていくというようなチャレンジも推奨しています。

海外ではグローバル企業とNPO法人が協力して働くことも珍しくありません。社外でいろいろな経験を得ることも、柔軟で豊かな発想を身につける上で重要だと思っています。

日本のジェンダーギャップ指数ランキングを上げていくためにすべきこと


--制度や仕組みはできているのに、女性のマインドセットが追いついていない実態があるようにも思えます。

上場さん まずギャップが生じてしまう理由が何かという事を考えなければならないと思います。銀行は長くコース別制度を採用してきており男女賃金格差の原因のひとつでもあったと思いますが、それも2025年度にコース区分の廃止を予定しています。コースが同じであったとしても、「男女の成長カーブの差」を指摘する声もあります。入社時点では男女の能力差はあまり感じられないけれども、10年15年とキャリアを積み重ねる間に、上司および本人の小さな判断の差の積み重ねで、管理職選定あたりで大きな差となってしまっているということがあるという話です。

例えば、同じ位ポテンシャルのある男女でも、男性は入社直後から厳しめのアサインメントが与えられ、厳しめのフィードバック、現状の仕事以上のインプットを受けられる中で情報量を伸ばし、中枢部署や外部派遣により経営視点を獲得する方がいる一方、女性は、厳しいフィードバックは控えめに、またキャリアメイクとライフメイクが重なって配慮される中で、難しい職務や厳しいと言われている職場を避け、これまでの仕事の延長で経験を積み上げることが選択されがち、ではないかということ。

管理職が男性中心のため、男性には同性であるが故の話しやすさや指導のしやすさがある一方、女性も自分自身へのバイアスがあり、男性中心の組織の中で意に沿わず委縮する、ポテンシャルを開花する機会に恵まれていないということはあると思っています。

銭谷さん そうですね。そのような環境の中で、そこは女性特有の自身を過小評価するバイアスや違いがある事を尊重して、「期待し」「鍛え」「機会を与えて」育成しなければならないと思っています。今後のライフイベントを考え、女性を早回し育成する企業も出てきていますから、今後も他社の良い事例を取り入れて欲しいと思っています。

上場さん MUFGには「営業」「審査」「監査」の分野に女性常務が4名おります。この3つの領域では経営層への女性登用ルートは確立された訳です。同時に銭谷のような、「領域エキスパート」としてキャリア採用する切り口はあると思っています。また、女性管理職を面で増やしていくには、これまで取り組んできたように、入社以降男女共に偏りなく育成されているかモニタリングしていくことも大事だと思っています。

--民間でキャリアを積まれてきた銭谷さんから、経済産業省にリクエストはありますか。

銭谷さん 経産省でも事例集を作っておられますが、中小・中堅企業も含めいろいろな事例をもっとご紹介いただきたいですね。また、海外事例も国内で紹介する機会を作っていただければと思います。

私の経験でお話しすると、例えは海外でサステナビリティのイベントがあると、半分を女性の登壇者にすることや複数の地域を考慮することが義務づけられていることがあります。それが実現できなければ、イベントそのものが開催されないということもある認識です。

--たしかに海外では、女性の登壇者や女性リーダーのいる光景が当たり前になってきているように思います。それはいつ頃から始まったのでしょう。

相馬さん 会社の役員などの一定数を女性にしなくてはいけないという「クオータ制」の導入がひとつのきっかけだと思います。つまりルールが先行して、現状ができ上がったという側面もあるということです。

一方で、今年発表されたジェンダーギャップ指数において、日本は146か国中125位となっています。政府は2030年までに、プライム市場上場企業における女性役員の割合を30%以上とする目標を新たに設定しました。女性の登用と働き方改革の両輪を進めることで、企業における女性活躍の取り組みがより加速することに期待しています。

--女性の管理職の割合について、MUFGでの現状はいかがでしょうか。

上場さん MUFGの女性管理職比率は今年度末22%をめざしており、「クリティカルマス*3」を考えると、アスピレーションとして30%という目標も持っています。「公募」による異動制度 “Job Challenge”を活用して、自ら「支店長」等の上位職のポストに手を挙げられる方も増えてきました(支店長公募昨年度75名応募)。リテールや事務領域での女性のマネジメントは着実に増加していますので、今後は法人領域や本部・海外等幅広い職域での育成・登用を拡大したいと思っています。
*3 集団の構成比率のうち30%を超えると意思決定に影響力を持つようになるという理論

地域社会へのダイバーシティの推進はどう実践すればいいのか?


--地域社会や海外への影響はMUFGとしてどのようにお考えですか。

銭谷さん 持続的な環境・社会の実現に向けた地域社会との取り組みの一環として、東京都西東京市に当グループが保有する6ヘクタールの施設を「MUFG PARK」という名前で一般に開放しています。環境、防災、食、健康など、社会課題起点で、社員と地域の皆さんが対話を行い、様々なイベントを企画し、活動をする場となっています。

また海外の事例ですと、パートナーバンクであるタイのクルンシィ(アユタヤ銀行)で、女性起業家の活躍支援を目的・資金使途とするジェンダーボンドを発行しています。

--ダイバーシティ推進は、都市だけなく地域社会にも必要なことだというとらえ方ですね。

相馬さん そうですね、特にいま、地方では、女性が大都市圏に流出してしまうことが多くなっています。その要因としては、地方における根強い性別役割分担意識や雇用の問題があげられます。地方から大都市圏への人口の流入は、少子化の加速にもつながっており、若い女性が地元で能力を十分に発揮できる魅力ある場が増えることが重要です。このため、経済産業省では、地域の中小企業のダイバーシティ経営の好事例を発信するとともに、自社のダイバーシティの取り組みの進度を測るツールを公表し、普及を図っています。

また、昨今、地域の社会課題を解決するために起業する女性も増えていますが、こうした起業家が、全国どこにいても支援が受けられるよう、産業支援機関、地銀などの支援機関のネットワークの構築も行っています。

--ご参加の皆様、本日は詳しくお聞かせいただきありがとうございます。最後に本日の感想をひと言ずつお願いします。

相馬さん ダイバーシティというと、すごく大きな話のように思えますが、一人称で捉えることが大切だと思います。世界の流れは確実にそちらに進んでいるので、読者の方にも自分ごととしてぜひ一緒に考えていただきたいと思いますね。

銭谷さん ダイバーシティもサステナビリティ経営も、短期的には結果が出ないかもしれません。しかし10年タームで考えると確実に変化は現れてきています。このような教育や環境の中で育った子どもたちが大人になれば、紛争を減らすことも夢ではない、と思っています。

上場さん 「女性自身が自信がないと言う」「管理職になりたがらない」という指摘も聞きますが、「昇進に対して積極的になれないでいるのも女性本人の問題ではなく、日本特有の労働慣行等からくる「構造的な課題」であるという見方が広がってきています。

自信のある方がいい管理職になるとも限りませんので、周囲が背中を押し、サポートしながら育成をするステージにあると思っています。

企業としても、女性本人だけでなくマネジメントも周囲も皆が自分事として考え、小さくともアクションを変える事で着実に世界は変わっていくと思っています。

企業としても、女性本人だけでなく男女とも、また若手もベテランも、みんなで自分ごととして考えていきたいな、と思っています。

記事はこちら「OTONA SALONE」