古来から脈々と受け継がれている日本酒の価値が今再発見されつつあります。「Sake から観光立国」を目標に日本酒の普及に尽力する平出淑恵さんと、人事院事務総局総括審議官の米村猛さんとの対談を通じて、日本酒の発展に欠かせないポイントについて語っていただきました。

日本酒を世界に広げていくために

 

平出:日本独自の日本酒を世界に向けて広げていくには、どうしても時間がかかりますし、ウィスキーやビールのように現地のマーケットがないので難しさを感じています。米村さんはたくさんの省庁をご経験される中で、日本酒と関係のある仕事に携わってこられたと思いますが、今までどういった気持ちで仕事に臨まれてきたのでしょうか?

米村:行政官として様々なポジションに行く中で、それぞれの場所で、たとえば日本酒の持つ魅力をいかに引き出し、積み重ねていけるかといったことを意識的に考えてきました。

平出:日本酒は結局、現地の人材育成からマーケット作りまでする必要がありますが、だからこそやりがいがあります。お役所の方々にはいつも本当に助けていただいています。

米村:元外交官の門司健次郎さんの本ではないですが、「日本酒外交」という概念ができたように、日本酒を応援したいと思っている役人はたくさんいるんですよ。そして、平出さんのひたむきさに惹かれて、人が集まってくるのだと思います。

平出:ただただ感謝の気持ちです。とてもありがたいなと思っています。日本酒の国際化が国策になりましたが、国内消費が減ってきている中、やはり蔵元さんの力での日本酒の海外進出は大変なんです。でも、彼らが持っている文化やコンテンツの強さは、世界に通用するものなので、そこをサポートできれば世界に大きく羽ばたいていけると思います。

米村:どうやって需要を作っていくかというのが産業論として大事ですね。観光庁にいたときは、地域の誇りを取り戻すには従来型の観光政策ではなかなか難しいと感じていました。酒蔵は観光のベースとなるものなので、酒蔵ツーリズムで地域が活性化していくのはとても素晴らしい取り組みだと思います。その酒蔵ツーリズムですが、当初観光庁補助事業だったのですが、数年して、自立事業になっています。平出さん始め関係者のご努力のおかげですが、志と同じくする蔵元さんや応援団の皆さんが一丸となって、魅力的な事業展開になっているのは嬉しいことですね。

平出:最盛期から酒蔵の数が3分の1になっていますので、国税庁は新規に免許をほとんど出していない状況で、結果、新しい蔵元さんでも100年以上の歴史を持つところがほとんどで、これは世界的に見てもすごいことだと思います。つまり蔵元さんは、地域の生きた歴史であり、語り部なんですよね。これから先、蔵元さんは世界に対して強烈な地域のコンテンツになっていくと思っています。

日本酒のブランドをつくり、つなげていく

米村:酒蔵はツーリズムの面からみるととても魅力的ですが、それだけでは終わらないような気もしています。特許庁にいたときに、お酒の名前を権利化することや、輸出を考えているなら最初から外国でも商標を取りましょうという働きかけを行っていました。国税庁が行っているGI*は有名ですが、それよりも少し取得しやすいと言われているものに、特許庁で行っている地域団体商標制度があります。これによって、地域の酒蔵がまとまっていくので、ただ権利を守るためだけではなく、地域として次の発展を目指していくためにも、お酒の地域団体商標を取ることは一つの良いやり方だと思います。うれしいことに、故郷の北海道の酒が最近取得したとのニュースがありました。

*GI(日本酒の地理的表示)…産地固有の地理的条件や一定の製法、品質基準などを満たすことで指定されるもので、特定の地域でつくられた酒類や農産物などの品質を守る制度

*地域団体商標制度…地域ブランドを適切に保護することにより、事業者の信用の維持を図り、産業競争力の強化と地域経済の活性化を支援することを目的に、「地域の名称+商品(役務)の名称」からなる商標について、特定の要件を満たした場合に登録を認める国の制度

平出:米村さんは、観光庁や特許庁をはじめ、どの省庁にいてもずっと日本酒を応援してくださっていますね。

米村:やはりご縁があるのだと思います。近畿経済産業局にいたときは、「関西地域ブランドプロジェクト」に携わっていました。このプロジェクトは、2025年の大阪万博に向け、地域ブランドの国内外における知名度向上のために支援を行うものです。12のモデル地域を支援対象として選定していて、日本酒に関連するものでは奈良酒や三木の酒米が選ばれています。関西の酒どころとしては灘や伏見が有名ですが、既にブランドとして力があるので、今回のプロジェクトでは、もう少し頑張れば世界に飛躍できるのではないかという期待を込められたものが選ばれました。

 

平出:奈良は日本酒発祥の地の一つとされていますし、素晴らしいと思います。

米村:それぞれのブランドをただ応援するだけではなく、それらをつなげていくことも大事だと考えていています。例えば、淡路島のお香の中、信楽焼で奈良酒を飲むというように、それぞれの魅力を組み合わせていけるといいなと思います。また、旅館の女将といった方々が、ワインのソムリエのように、このお酒にはこの料理が合うといったように、草の根的に日本酒をアピールしていけるようになると、日本酒の地域展開が広がっていくのではないかと期待しています。

平出:食とのペアリングについては海外の方もとても興味を持たれていると思います。

米村:女性の活躍に関していうと、各地域のミス日本酒のみなさんの活動もとても素晴らしいですよね。日本酒やその地域のことを勉強して語ってくれる健気な姿勢が素敵でした。

平出:ミス日本酒の組織が出来た頃から応援しています。彼女たちが誇りをもって同年代の方に日本酒を伝えてくれると、共感してくれると思いますし、日本酒を広げるための鍵になると思います。

日本酒を取り巻く環境の変化

米村:酒類は酒税が課せられる担税物資であり、安定した税収が見込まれることから、国家財政において重要な役割を果たしています。そんな中2017年からは、輸出物品販売場の許可を受けた酒蔵でお酒を買うと、訪日外国人旅行者の酒税と消費税が免税になるという制度ができました。これは税金よりもむしろ酒蔵という存在を生かしていかなければいけないという姿勢の表れとして、国全体のベクトルが変わってきている象徴の一つだと感じています。

平出:長いご商売の繋がりという事で、酒蔵さんは卸さんに気を使って、卸さんを通さないと販売しませんというスタンスのところは多いと思います。なので、国がそういった制度を作ったということに時代の流れを感じますね。ワインに比べて日本酒の価格が安すぎるのも、改善していけたらなと思います。

米村:価値に比べて、お得にいただけるのはありがたいことですが、少なくとも再投資、できれば拡大再投資ができるぐらいの儲けは必要ですよね。観光でもブランドでもファンを大切にすることが大事で、何かを起点にして好循環をつくって日本酒の価値を高めていければなと思います。観光の本質は、「今だけ、ここだけ、あなただけ」という特別な体験をどう持ち帰ってもらえるかという点にあります。日本の居酒屋文化も、歴史を感じられ、かつそんなに高くないという点が、海外の人に受け入れられています。そうやって良い思い出を持ち帰ってくれたら、知り合いに宣伝してくれたり、eコマースで買ってくれたりして、日本酒が広がっていくのではないでしょうか。

広がりという意味でも、日本酒そのものだけでなく、日本酒の素晴らしさを伝えるルートやアイテムにも注目したいです。たとえば、日本酒を楽しむ舞台としての居酒屋ですが、私淑する作家の太田和彦氏が、「日本居酒屋遺産」という概念を提示しています。また、外国の方に、酒造り等を楽しく理解してもらいたいと、英語版の日本酒トランプというアイテムを広めている方もいます。様々な取組があいまって、日本酒産業の発展につながればと強く願っています。

『日本居酒屋遺産 西日本編』太田和彦著(トゥーヴァージンズ)定価:本体価格2,200円(+税)

平出:現地に来てもらったときに、味だけではなく、文化や歴史といったオンリーワンの魅力をいかに知ってもらうかがポイントだと思います。酒蔵のみなさんは長年地域に貢献されているのでいろいろなつながりがありますし、以前に比べると国もすごく支援してくれているので環境としては良くなってきていると思います。

米村:お酒というのはご縁を結ぶものですよね。日本酒はいろんなご縁の中心になれる貴重な存在なので、国家行政の中でも注目すべきものの一つだと思っています。担税物資であると同時に、「縁結び物資」とも考えたいですね。日本酒がこれから先、どういう形で発展していくのかが楽しみです。

平出:今のポジションではどういったことをやっていきたいとお考えですか?

米村:今は人事院で政府の人材育成を担っている組織にいますが、やはりご縁をつなげる役人を作ることが大事だと思っています。言われたことを単にやるだけではなくて、どうすれば産業や地域の発展につながるんだろうと考えながら、そのようなことを提案できる人を増やしていきたいです。もちろん日本酒に限りませんが、日本酒というアイテムをベースにしながら、何かにつなげていくことができれば、この国もまだまだいけるんじゃないかなと思っています。

 

米村さんの好きなお酒

北海道、島根、奈良のお酒がオススメです。北海道のお酒は、新しい酒米も出てきて、最近圧倒的に美味しくなってきているので、みなさんに知ってもらいたいです。県警本部長を務めた島根と近畿経済産業局長で応援した奈良のお酒は、ともに日本酒発祥の地と言われ、その歴史や文化を背負ったストーリーがあるところがいいですね。

 

profile

平出淑恵さん

株式会社コーポ幸 代表取締役。若手の蔵元の全国組織「日本酒造青年協議会」の酒サムライコーディネーター。シニアソムリエの資格も持つ元JALのキャビンアテンダント。京都の蔵で飲んだ搾りたての大吟醸に 「日本酒は日本そのものだ」と感じたことをきっかけに日本酒の世界にのめり込む。日本酒を世界の酒にして、その価値を上げていくために日々奔走している。

 

米村猛さん

人事院事務総局総括審議官。
1989年通商産業省(現・経済産業省)入省後、防府税務署長、島根県警察本部長、観光庁観光地域振興部長、特許庁総務部長、近畿経済産業局長を歴任し、現職に至る。さまざまな省庁でお酒にまつわる業務も担当。