古くから脈々と受け継がれている日本酒の価値が今再発見されつつあります。「Sake から観光立国」を目標に日本酒の普及に尽力する平出淑恵さんと経済産業省商務・サービスグループ クールジャパン政策課課長補佐の上田大晃さん、係長の小林春華さんとの鼎談を通じて、クールジャパンにおける日本酒の可能性についてお届けします。

*クールジャパン:日本のポップカルチャーやエンターテイメント、ファッション、食文化、地域産品、観光などの要素を活用し、海外における日本の魅力を高め、海外需要の獲得を目指す日本の政策・戦略のこと

長年培われてきた型にはまらない風土

平出:上田さんが経産省に入ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

上田:元々農学出身で酪農政策の研究に携わっていたので、バックグラウンドは経産省と離れています。中学受験勉強の中で日本の食料自給率は40%しかない、このままでは食べ物を自分たちで作れなくなると聞き、漠然と危機感を持ったことをきっかけに農学に進みました。そこから、食の安定供給はどう確保できるのか、農業を産業としてどう成長できるのか、ということを考えていたのです。

平出:小学生の頃から日本を救おうと思われていたんですね。

上田:幼心に、食べ物がなくなるのは由々しき事態だと思っていました。経産省に入ったのは、安定供給と産業成長の両方を実現しながら、食をはじめ日本独自の資産を活用して次の世代に“食い扶持“を残していきたい、と考えていた時に、まさに経産省のミッションが自然とはまったからです。

平出:経産省に実際に入ってみていかがでしたか?

上田:経産省はアイディアや人脈といったリソースがとても豊富で幅広く、また強いこだわりを持った方ばかりです。議論すればするほど立体的にアイディアが膨らんでいくので、そうしたワクワク感は思っていた以上にありました。

平出:わたしはいろんな省庁の方とお付き合いがあって、中でも経産省は堅すぎないお役所だと思っていました。今の上田さんのお話を聞いて、それが経産省の良い風土なんだと感じました。型にはまることをよしとせず、常に新しいものを追い求めるみなさんの姿勢が反映されているのですね。

上田:本当にバラエティーに富んだキャラの方がたくさんいらっしゃいます。みなさんを巻き込んで多くのものを取り入れながら、ポジティブな方向に進んでいきたいです。素敵な先輩方のDNAが引き継がれているのは、経産省のいいところだと思います。

平出:経産省のお仕事はとても幅広いと思いますが、どのような省庁なのでしょうか?

小林:経産省は所掌の範囲がイメージしづらい省庁の1つだと思います。その業務は本当に多岐にわたっていて、さまざまなお話が舞い込んできます。そのおかげで、このように日本酒の海外展開について考える機会もいただき、日本酒好きなわたしにとってはとてもありがたいです。

上田:経産省は縁の下の力持ちとして“当たり前“を作ること、あるいは事業者が戦える環境作りをやっています。ただ、作りすぎて自分がプレイヤーになってしまうと民間の利益を奪うことになってしまうので、そのバランスが難しいですね。戦後の混沌から立ち直り、オイルショック、バブル崩壊も乗り越えてきた世代の方々のおかげで今があるので、わたしたちがこの時代に生まれた意味を考え、次の世代にどう繋ぐいでいくかを意識して、産業をリードしていくことが重要だと思います。

平出:労働力や資源が不足していく中で、それらの対応をされるのはとても大変なことだと思います。

上田:課題はたくさんありますが、クールジャパンとしては、目の前の損益だけではなく、日本が持つ資産をいかに付加価値を乗せ、海外需要を獲っていけるか、その資産の作り手に還元して新たな資産を生み出す循環を作れるか、こうした観点を意識して取り組んでいます。そして世界をリードしていけるような、みなさんが誇りに思えるような国を目指していきたいです。

クールジャパンにおける日本酒が果たす役割

平出:お二人のお酒の好みやお酒に関するエピソードなどを教えていただけますか?

小林:日本酒が一番好きで、お酒を飲む場では最初から日本酒を選びます。今若い人はあまり飲み会をしない・好まないと言われることもありますが、むしろわたしは飲み会が好きで、美味しいお酒やそのお酒のストーリーなどを教えてもらえることがとても嬉しいです。たとえ一緒に仕事をしていない方でも、お酒の場からコミュニケーションが広がっていくのは素敵なことだと思います。

平出:お酒には一歩踏み込んだコミュニケーションの場を提供するという素晴らしい役割がありますよね。

小林:クールジャパン政策課には現在30人ほど在籍していて、そのうちの約半数の方が地方自治体などの外部機関から出向で来られています。みなさんの地域のお酒を持ち寄って飲み会をすることもありますよ。

上田:思い出に残っているのは、学生時代YOSAKOIソーラン祭りに出場する際に、よく飲みに行っていた居酒屋の大将から「頑固に大賞を目指してがんばりなさい」という意味を込めて、青森・六花酒造さんの「じょっぱり」をいただいたことです。結果として、チーム史上初の準大賞をいただきましたが、仲間たちと飲んだ「じょっぱり」はとてもおいしかったです。

平出:とても素敵な思い出ですね。

上田:日本酒には1つ1つユニークなストーリーがあって、それは日本酒そのものの足跡然り、飲む人々も然り。言葉だけではなく感情の共有ができるものではないでしょうか。元々お酒は神さまと繋がるために生み出されたものですし、何かと「つながる」ための潤滑油になっていると思います。

平出:クールジャパンにおいて日本酒はどのような役割を持っていますか?

上田:もしかすると、自分で自分を「クール」という、この言葉自体に抵抗感を持つ方は多いかもしれませんが…。日本の生活文化から育まれた資産で、海外の方から価値があるとされているものがクールジャパンです。ここにマッチしているものこそ日本酒だと思います。

小林:日本のモノやサービスの質は海外の方からも高く評価されていて、ありがたいことだと思いますが、日本という国自体に良いイメージを持たれている方も多いと思います。ぜひこのプラスのイメージを活用していただきたいです。日本の各地域に蔵元さんがあることや、その土地の水や米を使って日本酒を作っていることは、日本が地域性の豊かな国であることの象徴ではないでしょうか。さらに四季という日本の素晴らしさを海外の多くの方に知っていただいて、それによって日本に来てみたい、と思う外国の方が増え、各地域の蔵元さんにも足を運んでいただくなど、インバウンドの需要も活性化するといいなと思います。

上田:日本酒そのものだけではなく、その裏にある「共に生きる」という日本人的な思想、災害も多く厳しい自然環境を乗り越え価値に変えていけるブランド力など、日本の強みを日本酒を通じて伝えていきたいです。そして酒器などの地域色ある産品や、酒呑み処としての居酒屋といった空間デザインのように、日本酒にまつわるものが海外現地のライフスタイルの中にもっと溶け込んでいってほしいと思います。

次世代へ引き継いでいくために

平出:地質学の権威の先生によると日本の地質は世界のどことも違うそうです。つまり日本の地質を通った水は世界のどことも違うことを意味するのではないでしょうか。酒蔵は全ての都道府県にあるので、日本の水が綺麗で豊かであることの証明にもなると思います。日本酒をそのような視点から海外に発信していくことは、日本の国土の価値も上げていくことができ、そこに日本酒の可能性を感じています。日本酒を「水資源が豊かな日本だから生まれた酒」という風に発信して世界の酒にすることができれば、将来人口が減ったとしても海外からの投資に期待ができ、次の世代の財産として残していけると思います。

上田:海外にアピールしていくためには、まず日本酒の価値というものを理解していただく必要があります。コモディティ化するのもいいとは思いますが、ただのアルコール飲料だと思われてしまうのはもったいないです。

平出:確かに、他のお酒と同じ扱いはしてほしくありませんね。

上田:日本酒の面白さは、例えばその造り方にあると思います。例えば、生酛造りといった自然の力を活用した昔ながらの方法は、その環境下でしか造ることができません。そこに棲む菌と共生しながら付加価値のあるものを生み出し、その地域に還元しながら、新たな日本酒が生まれていく、こういった循環がクールジャパンのコアな部分だと思います。

平出:そうした複雑な造り方を昔からやってきた日本人は本当にすごいですよね。蔵元さんたちはその地域の生きた歴史ですし、クールジャパンのキラーコンテンツの一つに思えます蔵元さんたちは外に向けて発信するよりも、代々受け継がれてきた蔵を守ることに注力しているので、そこを盛り立てていけるのはやはり経産省だと思います。

上田:日本酒はまさに地方のキラーコンテンツですよね。地方のインバウンドへの貢献もあると思います。クールジャパンの中で、日本酒についてもしっかりと取り組んでいきたいと思います。

 

 

上田さんおすすめのお酒

茨城県 府中誉「渡舟」

出典:https://www.amazon.co.jp/
石岡市に出向していた先輩から教えてもらいました。味ももちろん最高ですし、希少品種のお米を復活させたというストーリーにも惹かれました。

小林さんおすすめのお酒

東京都 小澤酒造「澤乃井」

出典:https://www.amazon.co.jp/
好きな日本酒はたくさんありますが、「澤乃井」は祖父が好きだったお酒で、生まれて初めて飲んだ日本酒なので、唯一無二の一杯です。

 

平出淑恵さん

株式会社コーポ幸 代表取締役。若手の蔵元の全国組織「日本酒造青年協議会」の酒サムライコーディネーター。シニアソムリエの資格も持つ元JALのキャビンアテンダント。京都の蔵で飲んだ搾りたての大吟醸に 「日本酒は日本そのものだ」と感じたことをきっかけに日本酒の世界にのめり込む。日本酒を世界の酒にして、その価値を上げていくために日々奔走している。

上田大晃さん

経済産業省商務・サービスグループ クールジャパン政策課 課長補佐(海外需要開拓担当)

小林春華さん

経済産業省商務・サービスグループ クールジャパン政策課 係長(海外需要開拓担当、ファッション政策担当)