古来から脈々と受け継がれている日本酒の価値が今再発見されつつあります。「Sake から観光立国」を目標に日本酒の普及に尽力する平出淑恵さんと農林水産省輸出・国際局輸出促進審議官の山口靖さんとの対談を通じて、輸出における日本酒の重要性についてお届けします。
外に活路を見出す時代
平出:まずは山口さんが農林水産省を志望された動機についてお聞かせください。
山口:僕は山形県出身なのですが、山形はご承知のとおり農業や食品産業が盛んな地域で、就職を考えたとき、第一次産業を核とした地方活性化に関われるような職業に携われたらという思いがありました。民間企業を含め就職活動する中で、農林水産省で働くと地域の方々に寄り添って地方創生に取り組めるのではないかと考え、入省しました。
平出:日本の農産物を取り巻く現状はいかがでしょうか?
山口:僕が入省した頃に比べると、農業自体は規模拡大も進み、成長産業化していますが、さらに地域の活性化を図るためには、農産物を加工し販売するなど、少しでも地域の所得や雇用が生まれる取組を進める必要があります。また、海外の成長活力を国内に取り込んでいかないと、単に日本国内で販売するだけでは限界がきてしまいます。バブル期以降なかなか売価の上がらない日本の中だけで勝負をするのは大変ですよね。
平出:これから少子高齢化がどんどん進んでいくので、やはり海外に目を向けていくことが重要ですね。
山口:そのとおりです。農林水産省で業務に携わる中で、地方創生の観点からも農林水産物や食品の輸出に力を入れなければいけないと考えるようになりました。そんな矢先に東日本大震災が起こりました。海外での販売を進めていく中で、単に日本のものだから売れるというのではなくて、これまで以上に日本の食文化のすばらしさを海外の方々に嚙み砕いて伝え、農林水産物や食品のクオリティの高さを理解してもらう必要があると感じていました。そこで「和食」のユネスコ無形文化遺産への登録に取り組みました。ちょうどその頃に平出さんと初めてお会いしましたよね。
平出:そうでしたね。ちょうどその頃、世界最大のワインの教育機関であるWSETに日本酒の資格講座ができ、日本酒講座の先生方の招聘事業は農林水産省の予算から始まりました。日本酒のマーケットを海外で広げていくためには、現地でその価値を伝える人たちを増やしていくことが最も効率的で、そのきっかけをつくってくださった山口さんには本当に感謝しかありません。
*WSET:ロンドンに本部を置く世界最大のワインの教育機関。ビギナーからスペシャリストまでワインは4段階、日本酒は2段階のコースがある。
山口:平出さんの熱意に押された結果ですよ。やはり食文化を語るときに、お酒がないと始まりません。いろんなものとの食べ合わせを語る上でも、地域性を語る上でもお酒はなくてはならないものです。平出さんがいらっしゃるおかげで、國酒プロジェクトとしてさまざまな省庁が連携して日本酒振興に取り組んでいく機運が生まれました。
平出:省庁は縦割り行政と言われていますが、日本酒に関してはたくさんの省庁が連携してくださっているので、とてもありがたいです。
海外に数多く存在する日本酒のプロフェッショナル
平出:WSETの日本酒講座のLevel1とLevel3を受講した海外の方が1万3000人を超えました。日本酒は米と水からできているということを一から説明しなくても理解している方が、世界各地にいらっしゃいます。Level3の資格を取った方であれば、47都道府県を知っていることになり、多くの外国人が東京や京都くらいしか知らないことを考えると、これはとてもすごいことですよね。
山口:日本酒を通じて、日本の地域や食文化を深く理解して頂いている方々が海外にいらっしゃるのはとても心強いですし、我が国にとって相当な資産です。そのような資格を持っている方の中にはいわゆるインフルエンサーとして活躍されている方も多いので、プロモーションなどでもぜひ協力して頂きたいですね。
平出:そういった人たちとインバウンドに関心の高い地方の人たちを結びつけるDMO*が各地にできていますが、あまり外と繋がっていないように思います。
*DMO(観光地域づくり法人):地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する地域経営の視点に立った観光地域づくりの司令塔として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人
山口:平出さんのおっしゃるとおり、日本のことが大好きで、日本を理解するために勉強してくれる人を地方創生に活かす取組を各省が連携して進める必要がありますね。
平出:フランスワインは日本でとても売れていますが、フランス人が日本に来て売っているわけではありません。日本のソムリエさんがフランスワインの魅力を一生懸命伝えてくださるから日本でもたくさん飲まれているのです。
山口:ご指摘のとおり、輸出のプロモーションなどでも日本人が日本のことを説明するより、外国の方に説明頂く方が商品の良さが伝わりやすいのではないかと感じています。
平出:やはり現地の人が現地の言葉で伝えるからこそ響くのだと思います。そうした海外の人材をもっとツーリズムに活かしていかないともったいないと思います。
日本酒の輸出額を伸ばしていくために必要なこと
平出:近年の輸出の動きについて教えていただけますか?
山口:東日本大震災の翌年である2012年の農林水産物・食品の輸出額は4,497億円でしたが、2022年には1兆4,140億円となり、ここ10年で3.1倍と大きく伸びました。
平出:輸出金額が伸びた背景にはどのような理由があるのでしょうか?
山口:農林水産業・食品の輸出に携わる皆様のご努力が最も大きいわけですが、行政面でいえば菅元総理が輸出を強力に推進されたことが大きかったと思います。輸出では輸出先国の食品規制を緩和し、輸出に対応する加工施設を整備するなどの輸出環境の改善が重要になりますが、そこには多数の省庁が関係し、調整に時間を要する面もありました。そこで菅元総理が官房長官時代に強力なイニシアティブを発揮され、関係省庁が一体となって戦略的に取り組む枠組を構築され、それ以降、輸出先国の規制緩和や、輸出対応施設の整備が進みました。これが輸出額の伸びにつながっていると感じています。
*HACCP(ハサップ):食品安全管理のための国際的な基準
平出:日本酒の輸出額についてはいかがでしょうか?
山口:昔から、お酒は輸出における比率が高く、2022年の輸出額のうち約1割がアルコール飲料になっています。その中で日本酒の輸出額は、2012年の89億円に対して、2022年は475億円と5.3倍となっています。また輸出における1ℓあたりの販売価格は、2012年が633円だったのに対して、2022年は1323円と約2倍となり、中国に至っては1917円の高価格となっています。それに対して、日本酒の国内での1ℓあたりの販売価格は、2019年では736円にとどまっています。
平出:わたしは日本酒の国内価格は安すぎると感じています。日本酒は歴史も文化もあって品質も良く、いわゆる海外のブランド品が持っている要素を全て兼ね備えているにも関わらず価格が安いのです。だからこそ酒蔵ツーリズムなどでその価値を打ち出していかなければならないと感じています。
山口:外国の方々にとっての日本の旅行の楽しみは、日本各地のすばらしい環境と食にあると思います。海外からのツーリズムに食を戦略的に組み込むことで、例えば日本で食べたあの時のお肉の味が忘れられないねといって、外国で買ってもらえるようになると輸出がさらに伸びていくので、そのような流れを作っていきたいですね。
平出:今後の輸出の理想とする姿などあればお聞かせください。
山口:政府では2025年までに2兆円、2030年までに5兆円という輸出目標を掲げています。これを実現するため、関係する皆様方と意見交換をしながら、きめ細かく取組を進めていきたいと思っています。例えば日本酒は、アメリカではニューヨークやロサンゼルスなどではよく飲まれていますが、それ以外の地域で可能性を秘めているエリアもあるのではないかと感じています。国税庁や酒造組合の皆様に教えていただきながら、我々で何ができるのか、さらに深掘りしていくことが大事だと考えています。
平出:人口の多いインドの一部の富裕層に飲まれるだけでも輸出額はもっと伸びると思います。
山口:あとは輸出によって得られる収益が、地域の皆様にきちんと還元される仕組みをつくることが大切です。輸出には多くのプレーヤーが関わりますが、どうすれば輸送コストが低減できるのか、また輸送中の商品の劣化を防ぐためにどうするかといったサプライチェーン面での課題の解決が重要になります。また、輸出に取り組む事業者の方自体を増やしていくことも大切です。これまでの傾向をみると輸出が伸びると、国内の市場価格も高まってくるので、事業者の方にはこうした面でも輸出のメリットを感じて頂きたいと思っています。
平出:好循環を生むための一つのツールが輸出なんですね。日本酒の知識を持った海外の人たちの力や酒蔵ツーリズムの結果が日本酒の輸出増加に寄与していくことを期待しています。
山口さんおすすめのお酒
山形 水戸部酒造 「山形正宗」 |
出典:https://www.amazon.co.jp/ |
母方の実家の斜め向かいに酒蔵があり、僕の中でお酒といえば山形正宗です。 |
山形 小屋酒造「絹」 |
出典:https://www.amazon.co.jp/ |
とてもやわらかいお酒で山形のお酒の中では個人的には一番お勧めです。 |
平出淑恵さん
株式会社コーポ幸 代表取締役。若手の蔵元の全国組織「日本酒造青年協議会」の酒サムライコーディネーター。シニアソムリエの資格も持つ元JALのキャビンアテンダント。京都の蔵で飲んだ搾りたての大吟醸に 「日本酒は日本そのものだ」と感じたことをきっかけに日本酒の世界にのめり込む。日本酒を世界の酒にして、その価値を上げていくために日々奔走している。
山口靖さん
農林水産省輸出・国際局輸出促進審議官