古来から脈々と受け継がれている日本酒の価値が今再発見されつつあります。「Sake から観光立国」を目標に日本酒の普及に尽力する平出淑恵さんと観光庁観光地域振興部観光資源課長の富田建蔵さんとの対談を通じて、観光における日本酒が果たす役割についてお届けします。

観光庁が目指すもの

平出:観光庁のお仕事について教えていただけますか?

富田:わたしが国土交通省に入省した2001年当時は、観光局という60名弱の組織でした。そして2008年に観光庁ができ、現在では職員数300名を超える大きな組織となっています。観光庁は、旅を楽しく豊かなものにすることを目的に、観光地や事業者を発展させていくために存在しており、旅行や観光のあり方について方向性を打ち出したり、観光に関する統計データを提供したりしています。観光の取り組みは、観光庁だけではなく政府全体で取り組んでいますので、関係省庁と連携しながらその旗振り役を担っています。

平出:IWC*という世界最大のワインのコンペティションで酒部門ができたのが2007年でしたが、その翌年の2008年に観光庁ができ、とても嬉しく思ったことを覚えています。当時日本酒の世界進出は本当に微々たるものでしたし、規模の小さな酒蔵さんでは外国人観光客を迎えるのは難しいなと感じていました。観光庁という公の組織ができたことは、日本酒を世界に発信していくためにとても意義のあることだと思います。富田課長はどのような理由で国土交通省に入省されたのでしょうか?

*IWC:インターナショナル・ワイン・チャレンジは1984年に設立された世界的に最も権威あるブラインドテイスティング審査会の一つ。SAKE部門は2007年に設立。日本国外で行われる日本酒審査会としては最大かつ最も影響力のあるイベント。

富田:日本を良い国にしたいという思いで国家公務員になりました。そしてマクロな視点よりもミクロな部分に着目して、個別の産業を発展させるにはどうすれば良いかという思いで国土交通省に入りました。観光以外では、航空や鉄道、住宅、道路、河川といった社会資本整備に関する仕事に携わってきました。

平出:これまでのお仕事で印象に残っているものはありますか?

富田:30代は中国でのプロジェクトの立ち上げに取り組んでいました。経済成長が著しい中国の様子を間近で見ることができ、とてもやりがいを持って仕事に臨んでいました。中国にいる間は、松竹梅や獺祭といった日本酒を飲む機会が多かったですね。

 

インバウンド需要の復活と酒蔵ツーリズム

平出:訪日外国人の数はどれくらい戻ってきたのでしょうか?

富田:コロナ前は3200万人弱で、2025年までにはコロナ前の数字に戻そうという計画があります。また、数だけではなく、クオリティを上げていくことも大事だなと考えています。しかしながら、観光業界全体で人手不足が深刻で、特に語学力を中心とした能力については大きな課題だと感じています。おもてなしをするとき、日本の文化や歴史をきちんと伝えられる語学力はとても大事ですね。

平出:観光庁が発表している都道府県別外国人宿泊者数の資料では、首都圏に観光客が集中していて地方との差は歴然です。47都道府県全てに美味しい酒蔵さんがありますので、ぜひ積極的に連携して、多くの海外の方に来ていただきたいですね。

富田:地方誘客は重要なキーワードになっています。地域の大事な観光資源として、食やお酒に着目したコンテンツ作りはとても大切です。

平出:佐賀県の鹿島市では2011年に鍋島という日本酒がIWCでチャンピオンになったことをきっかけに、鹿島市の6つの蔵元が蔵開きの時期にお祭りを開催しようと2012年の3月から鹿島酒蔵ツーリズムが始まりました。初年度の来訪者数は3万人でしたが、2019年は10万人、その経済効果は2億円にのぼりました。また、以前は観光に対してあまり積極的でない気風の酒蔵さんが多かったのですが、最近は歴史のある蔵元さんが観光客向けの施設を建てるなど、本当に時代が変わってきたなと感じています。

富田:酒蔵さんだけでは提供できるサービスは限定的になるので、地方自治体、観光協会やDMO*、飲食店や宿泊施設といった関係者が一丸となって取り組んでいくことが大切だと感じています。

*DMO(観光地域づくり法人):地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する地域経営の視点に立った観光地域づくりの司令塔として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人

平出:観光庁として酒蔵ツーリズムなどに補助事業は行っているのでしょうか?

富田:酒蔵ツーリズムそのものを対象にした補助メニューはありません。コロナが明けインバウンドが復活してきましたので、観光庁としても大きな予算を組み、2023年度は観光再始動事業やインバウンドコンテンツ事業といった幅広い層のコンテンツづくりに向けた支援を行っています。観光庁にはその他さまざまな補助メニューがありますので、ぜひそれらを酒蔵ツーリズムに活用していただければと思います。

平出:予算はどれくらいになるのでしょうか?

富田:観光庁全体では2310億円ほどで、多くは旅館の改修や廃屋の撤去に充てられます。そして観光再始動事業に100億円、インバウンドコンテンツ事業に93.5億円の予算がついています。​​日本酒という無形文化財であっても、やはり経済的な収益を上げ、継続していくことが非常に重要です。その点も重視して盛り上げていきたいですね。

持続可能な観光とは

富田:コロナ後の旅行の世界的な潮流として、持続可能な観光というのが大きなテーマになっています。持続可能なサステナブルな観光というのは、単に自然や環境に優しいというだけではなくて、観光における経済的や社会的な面においての持続可能性も重要です。

平出:大型バスが乗り入れ大勢が押し寄せるようなものではなく、地域の調和を乱さないような観光のあり方が大切ですね。

富田:おっしゃる通りです。持続可能性を追求するという意味では、高付加価値な体験を提供していくことが今後の趨勢になっていくと思います。

平出:日本には四季があるので、冬場だったり桜が綺麗なときだったりと、いろいろな楽しみ方がありますよね。また、酒蔵さんはまさに地域の生きた歴史のようなもので、そういった価値がオンリーワンの魅力になると思います。

富田:酒造りは日本の文化そのものですよね。気候や文化・歴史はそれぞれの地域で異なりますし、そうしたストーリーを持つ日本酒を酒蔵ツーリズムの中でお伝えしてもらえればと思います。今後は酒蔵ツーリズム間の競争が出てくるかもしれません。お酒だけではなく、それ以外のコンテンツでも地域の魅力を出してほしいですね。

平出:​​読者であるアクティブシニアの方々に知っていただきたい観光庁の取り組みはありますか?

富田:2023年3月に観光立国推進基本計画が改定され、「持続可能な観光地域づくり戦略」「インバウンド回復戦略」「国内交流拡大戦略」の三つの方針が定められました。国内交流拡大戦略については、ワーケーションの普及と第2のふるさとづくりを推進しています。

平出:コロナ禍でリモートワークが広がったこともあり、2拠点生活をする方も増えてきましたよね。

富田:将来的に移住につながることも見据えて、地域の方にはオープンマインドでの受け入れをお願いしています。日本の企業雇用のあり方に関してもう少しアプローチが必要なところがあり、総務省や民間企業とで2023年2月にテレワーク・ワーケーション官民推進協議会を立ち上げました。ワーケーションをみんなで実践しながら計画を盛り上げていきたいと思います。

平出:日本酒をとりまく観光行政のお話だけではなく、観光庁のさまざまな取り組みや思いについても伺うことができました。酒造りに携わる皆さんの思いがツーリズムを通じてたくさんの方に伝わっていけば嬉しいです。

富田さんおすすめのお酒

大切な人と少人数でしっかりとお話しながら食事をするときには日本酒を飲みますね。仕事で全国を回る機会が多いため、その土地のお酒をいただくようにしています。以前の仕事で兵庫県によく行っていたので、兵庫のお酒を飲む機会が多かったです。

 

平出淑恵さん

株式会社コーポ幸 代表取締役。若手の蔵元の全国組織「日本酒造青年協議会」の酒サムライコーディネーター。シニアソムリエの資格も持つ元JALのキャビンアテンダント。京都の蔵で飲んだ搾りたての大吟醸に 「日本酒は日本そのものだ」と感じたことをきっかけに日本酒の世界にのめり込む。日本酒を世界の酒にして、その価値を上げていくために日々奔走している。

 

富田建蔵さん

観光庁観光地域振興部観光資源課長