古くから脈々と受け継がれている日本酒の価値が今再発見されつつあります。「Sake から観光立国」を目標に日本酒の普及に尽力する平出淑恵さんは、世界各国の日本大使館や総領事館に赴任する外務省職員を対象とした研修において日本酒講座を担当しています。そんな平出さんと外務省大臣官房在外公館課長の吉田昌弘さんとの対談を通じて、外務省における日本酒の魅力発信に向けた取組や日本酒の国際化に向けた動きについてお届けします。

華やかなだけではない大変な世界

平出:読者のみなさんはなかなか外務省の方と触れ合う機会がないと思いますので、まずは外務省に入ったきっかけなどお仕事について教えていただけますか?

吉田:わたしが高校生のときに湾岸戦争が起きました。国際関係が大きく変わっていく中で世界と関わっていくためには、外務省は非常に良い職場だと思ったことがきっかけですね。

平出:湾岸戦争の頃わたしはキャビンアテンダントをしていましたが、海外旅行をされるお客様が激減したのを覚えています。

吉田:国際社会で日本が生きていくためには、世界情勢を避けては通れませんよね。海外を知るとより日本のことが分かることも、外務省で仕事ができて良かったなと感じている点です。

平出:これまでにどちらの国に赴任されたのでしょうか?

吉田:アメリカで研修した後にベトナムに赴任してからは国内が長かったのですが、最近ではイギリスのロンドンに赴任していました。実はベトナムもイギリスもそれぞれ日本の酒蔵が進出して現地で日本酒を造っているので、そういう点では日本酒とご縁はあると思います。

平出:外務省に入る前後のイメージのギャップはありますか?

吉田:時差もありますし緊急事態がいつ発生するかも分かりません。華やかなだけではない大変な世界だなと実感しました。そして本省であっても在外公館であっても、国の代表としていろいろなことに関わることができ、民間企業ではなかなかできない経験をさせていただいています。

日本酒と外務省の関わり

平出:在外公館では日本酒を振舞う機会はとても多いと思いますが、累計どれぐらい購入されているのでしょうか?

吉田:これまで累計で17万5000本ほど、要人との会食やレセプションにおいて振る舞ってきました。コロナ禍でレセプションが減ったり、ロシアによるウクライナ侵略の影響もありましたが、コロナに関しては世界的に規制が緩和され、活動しやすい状況になっています。これからまた日本酒は世界にどんどん広がっていく環境になってきていると思います。

平出:外務省のみなさんには、日々日本酒の国際化にご尽力いただき本当に感謝しています。

吉田:様々な機会を通じて日本の産品をプロモートしていくことも外務省の重要な役割だと考えています。日本は2023年にG7の議長国を務めますので、G7広島サミットに向けて岸田総理がどのお酒を選ばれるのか注目が集まっています。先日軽井沢で行われたG7外相会合では、長野を中心とした日本酒やワインが振る舞われ、林外務大臣の出身地である山口のお酒・獺祭が乾杯に使われました。在外公館においても年に一度天皇誕生日祝賀レセプションがあり、その際にもできるだけ日本酒を乾杯に使うよう努めています。

平出:レセプションで使われると蔵元さんたちはとても喜びます。一般の会社のそのような場では、ビールやワインはあっても日本酒がない場合があるので、もっと多くの場で飲んでいただきたいですね。正式な会での乾杯は国酒である日本酒が一番だと思います。

吉田:海外において日本酒のファンは増えているように感じています。

平出:赴任先では日本酒の盛り上がりはいかがでしたか?

吉田:ロンドンはお酒の流通の中心地なので、普通のスーパーでも日本酒を見かけるようになりました。ベトナムの大使館で日本酒のイベントを開催した際に、日本からたくさんの蔵元さんたちが来られて、現地のお酒の業者と交流を図っていました。世界に日本酒が広がりつつあると感じていますが、なかなか日本酒が手に入りにくい国もあるので、今後も日本酒を世界に向けてどんどん発信していきたいです。

平出:2015年のIWC・SAKE部門で福島県の「会津ほまれ」がチャンピオンになり、その翌年には伊勢志摩サミットでの首脳へのお土産にも採用されました。当時は、このような形で被災地支援をできたことがとても感慨深かったです。

*IWC  インターナショナル・ワイン・チャレンジは1984年に設立された世界的に最も権威あるブラインドテイスティング審査会の一つ。SAKE部門は2007年に設立。日本国外で行われる日本酒審査会としては最大かつ最も影響力のあるイベント。

https://www.internationalwinechallenge.com/about-the-sake-competition.html

吉田:被災地の復興支援というのはとても重要な役割です。今では大半の国が日本産食品の輸入規制を撤廃していますが一部まだ残っているところもありますので、完全撤廃を目指して働きかけを行っています。

日本酒の魅力を発信していくために大切なこと

吉田:海外に出ると人と人の付き合いになりますので、自分自身の考えや好みを自ら主張していくことがとても大切です。そして、日本人として、お酒を含めた日本の食文化を語れることはとても重要だと思います。今まさにユネスコの無形文化遺産に日本の伝統的酒造りを提案中ですので、登録に向け理解を得ることができるようなPR事業を行っていきたいです。

平出:外務省の方々は異文化に対する理解も深く、海外の方に失礼がないように自国の文化をPRできるプロですよね。わたしもキャビンアテンダントをしていた頃、海外の方々と接するときには、彼らの文化をリスペクトしながら、そして自分たちの文化を卑下することなくアピールしていくことの大切さを学びました。

吉田:日本酒の魅力を発信するために、その素晴らしさを研修を通じて海外に赴任する職員に伝えていくことはとても有意義だと感じています。平出さんには赴任前研修の日本酒講座を担当していただき大変お世話になっています。以前は任意でしたが今では必須の講座になり、楽しみにしている者もたくさんいます。

平出:日本酒講座の冒頭では吉田さんにいつも力強い挨拶をいただき本当にありがたいなと思っています。受講される方の中には普段お酒を飲まない方もいらっしゃると思いますが、課長の吉田さんが挨拶してくださることでみなさんもこの講座の大切さを実感されているのではないでしょうか。

吉田:たとえ飲めなくても、プロモートする機会はたくさんありますので、やはり知っておいて損はありません。わたしも毎回楽しみにしています。

平出:日本酒講座では、米と水からできている日本酒を日本のアイデンティティとしてプロモーションしてくださいとお伝えしています。外国文化の中にいると自分のアイデンティティをしっかり持つことを問われる機会が多いと思います。もちろん学者並みに日本のこと知っているとまでいかないにしても、日本の文化に誇りを持って語ることができるようになってほしいです。たとえその内容が海外の人にあまり伝わらなかったとしても、誇りを持っているのだと伝わることこそが重要です。日本酒が世界の酒になっていくためには、現地で折に触れて日本酒を紹介してくださることが必要不可欠だと思います。そのようにして赴任先で日本酒を広めていただくと、海外からの酒処への観光客も増えるのではないでしょうか。

吉田:インバウンドが増えると様々な活動に繋がっていくので、積極的に発信していくことが外務省として求められていることだと感じています。

平出:外交官の方の背中を見て、読者のみなさんも、誇りを持って日本酒を語りたいと思ってくださったら嬉しいです。

吉田さんおすすめのお酒

福島県 豊国酒造 「一歩己」うすにごり

出典:https://www.amazon.co.jp/
いただいたお酒がとても美味しくてその後自分でも購入しました。季節限定で取り扱っているところは少ないです。
京都 玉乃光酒造「玉乃光」

出典:https://www.amazon.co.jp/
京都での学生時代に先輩に美味しいお酒だと勧められたお酒です。酔うために飲んでいた時代に飲んだいい地酒というのはやはり思い出深いです。

吉田さんおすすめのおつまみ

・チーズ

発酵食品だから合いますよ。和食がなかなか食べられない海外でもチーズは手に入りやすいのでおすすめです。

平出淑恵さん

株式会社コーポ幸 代表取締役。若手の蔵元の全国組織「日本酒造青年協議会」の酒サムライコーディネーター。シニアソムリエの資格も持つ元JALのキャビンアテンダント。京都の蔵で飲んだ搾りたての大吟醸に 「日本酒は日本そのものだ」と感じたことをきっかけに日本酒の世界にのめり込む。日本酒を世界の酒にして、その価値を上げていくために日々奔走している。

吉田昌弘さん

外務省大臣官房在外公館課長