建物の裏側でひっそりと行われる法令設備点検。その大切さを私たちは、どれほど理解しているでしょうか。 「命を守ることに、自分の命を使いたい」と語るのは、株式会社スマテン 都築啓一社長。震災支援の現場を目の当たりにした経験から生まれた強い想いと、誰も見ていなかった業界にDXの風を吹き込んだチャレンジが、社会の“当たり前”を静かに変え始めています。
心が動いた“命の現場”との出会い
―都築社長のご経歴について教えていただけますか?
私は愛知県出身で、名城大学に進学しましたが、入学してすぐに「これは違うな」と感じ、そこからアジアを中心にバックパッカーとして旅をしていました。そうした経験のあと、19歳で名古屋にバーを開業し、最初の5年間は自ら現場にも立っていました。当時はまだ学生で、「世の中にどんな仕事があるのか分からない」という思いがあり、バーを続けながらさまざまな経営者に会って、自分が本当にやりたいことを模索していました。
でもなかなかピンとくるものがなくて、24歳のときに営業会社を立ち上げ、その後、太陽光発電のビジネスにも取り組みました。その後、太陽光と並行して始めた福祉事業では、障がい者支援施設を立ち上げて、農業と福祉の連携にも取り組みました。ただ、事業としては順調だったものの、自分自身の気持ちが乗らず、3年ほどで知人に譲渡しました。そうした中で、2016年に偶然、法令設備点検という仕事を知りました。「これは世の中に本当に必要な仕事だ」と直感的に感じて、すぐに会社を立ち上げたんです。
―太陽光や障がい者支援から法令設備点検へと、全く異なる分野への転身ですよね。きっかけは何だったのでしょうか?
きっかけは、東日本大震災です。震災の5日後、名古屋から物資を積んだトラックで福島・いわき市へ支援に向かいました。現地では1週間ほど泊まり込みで活動をし、家族を亡くした人々の絶望的な姿を目の当たりにしました。ニュースでは伝わらない現実を知って、「社会に貢献できるビジネスを手がけたい」と強く思うようになったんです。
―なぜ法令設備点検が「必要な仕事」だと感じたのですか?
結局、こういった災害は風化してしまうんです。日常の中で、意識できていないから、また同じことを繰り返すのではないか、と危惧していました。震災そのものは防げませんが、震災後の“二次災害”は防ぐことができます。中でも、火災によって逃げ遅れて命を落とすケースは現実にたくさんあります。そうした事故を防ぐには、日頃の点検やメンテナンスが欠かせません。この仕事には、本当に人の命を守る意義があると感じました。
それに、当時はまだ「DX」という言葉はほとんど知られておらず、業界も非常に古い体質でした。誰も手をつけていない分野だからこそ、テクノロジーで価値を提供できるチャンスがあると思ったんです。
―法令点検には、物理的な安全だけでなく、精神的な面も関係しているのでしょうか?
はい、そこも大事にしています。物理的には、火災を防ぎ、命を守るための点検や整備が重要です。そしてもう一つ、精神的な安全性も意識しています。
私は24歳のときに父を亡くしました。最後は喧嘩別れで、感謝の言葉も伝えられずに終わってしまいました。その経験から、大切な人に感謝や想いを伝えることの大切さを強く感じています。だからこそ、建物のメンテナンスだけでなく、「人の心のメンテナンス」も、これからの社会に必要だと考えています。
―事業に込めた思いは、創業当時と今で変化していますか?
根本的な思いは変わっていません。私は“感情タイプ”なので、どれだけ儲かるビジネスでも、自分の命をかけられると思えないと続けられません。今の仕事は、「命を守る」という社会的意義があるからこそ、自分の命を使いたいと思えるんです。
一方で、ここ1〜2年でより強くなったのは、「業界のスタンダードをつくる」という視点です。今後、点検や建物管理のITサービスはどんどん出てくると思います。でも、サービスが増えすぎると、逆に管理が煩雑になってしまいます。だからこそ、スマテンは統合的なプラットフォームとして、業界全体をリードする存在を目指しています。
点検もDXの時代へ——スマテンが業界にもたらす革新
―スマテンさんがどういう会社か、サービス内容についても教えていただけますか?
スマテンは、法令点検のプラットフォームという位置づけで、建物に義務付けられている設備点検やメンテナンスを中心に手がけています。建物管理者の方には管理を効率化するためのシステムを、職人さんには専用アプリを提供して、現場の業務負担を軽減しています。
私たちの特徴は、点検・工事に加えて、自社開発のシステムも併せて提供している点にあり、業界では非常に珍しい取り組みです。多くの業者さんは、書類の郵送やメール、電話でのやり取りが中心ですが、スマテンは最初から「デジタル完結」を前提に設計しており、点検データや報告書、不具合の記録などをすべてシステム上で一元管理できるようになっています。
―スマテンさんのサービスを導入することで、具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか?
まず大きなポイントはコストの適正化です。点検費用は妥当性がわかりにくく、「高すぎるのでは?」と感じる方も多いです。私たちは価格の透明性を高め、業界のスタンダードをつくることで、依頼者の不安を解消しています。次に、業務の効率化ですね。システムで点検状況をリアルタイムに管理できるので、書類のやり取りや報告書の管理が非常にスムーズになります。
システム化による業務の安定性という面も、大きなメリットです。たとえば担当者が退職した場合でも、システムにすべての履歴が残っているので、新しい担当者がすぐに業務を把握できます。属人化を防ぎ、継続的な管理体制を実現できるのは、企業にとって安心材料になります。
「半分は未実施」――見過ごされる法令点検のリアル
―法令点検を取り巻く現状や社会的な課題に関して、建物全体の法令点検が実施されていないという問題について、どのようにお考えでしょうか?
まず大前提として、消防設備の法令点検は法律で義務づけられているものです。にもかかわらず、私たちの体感では、半分近い建物で点検がきちんと実施されていない印象があります。その背景には大きく3つの理由があります。
1つ目は、点検の義務自体を知らないケース。たとえば別業種の企業が飲食店などを開業した際、初期の消防設備設置までは対応しても、その後の定期点検までは把握しておらず、結果的に忘れてしまうことが多いです。2つ目は、義務だと理解していても、手間やコストの問題で後回しにするケース。特に中小規模のオーナーさんなどは、「火事なんてそうそう起きない」と考えて、実施しないままになっていることもあります。3つ目は、点検をしているつもりでも全体が管理できていないケース。たとえば、300店舗中200店舗は点検済みでも、残り100店舗が抜けてしまうような、組織的な管理漏れがあるんです。
―そういった課題に対して、スマテンさんはどのようにアプローチされていますか?
私たちは、点検や工事だけでなく、それらを管理するためのシステムも一緒に提供しているのが特徴です。たとえば複数店舗を持つ企業の場合、そのすべての点検状況を一元管理できるような仕組みを整えています。また、点検の結果として出てくる不具合や是正工事についても、システム上でタスク管理できる仕組みを導入しています。これにより、見積もりを取ったまま放置される…といった従来の課題を防ぎやすくなりました。
点検や工事は売上に直結するものではないので、コスト負担と感じられるのは自然なことです。でも、命を守るという観点では非常に重要な投資だと思っています。だからこそ、私たちはコンプライアンスの必要性やリスク回避の価値を丁寧に伝えながら、ご理解いただけるよう努めています。
―点検を行う業者側にも課題はありますか?
もちろんあります。まず、法令点検という業務は差別化が非常に難しいものです。オーナー側からすれば、「安くてちゃんとやってくれればそれでいい」と考える傾向が強く、どれだけ高い技術力を持っていても、仕事につながりにくいという課題があります。
また、移動距離による非効率さも深刻です。遠方の現場を回ると、1日で対応できる件数が限られてしまいます。そして業界全体では高齢化と人手不足が進行していて、若手の育成や技術の継承が問題になっています。
「命を守る」ことに、命を使う——スマテンの“想い”が動かす未来
―スマテンさんの事業を通じて、どのような社会を目指しているのでしょうか?
私たちが取り組んでいるビルメンテナンス市場は、今非常に成長している分野です。2019年には4.2兆円規模だった市場が、現在では4.9兆円にまで拡大しており、今後もさらに成長が見込まれています。背景には、バブル期に建てられた建物の経年劣化や、建築費高騰・人手不足といった社会的要因があります。そうした中で、今ある建物を「壊す」のではなく、「延命・再生」させていく時代に入ってきています。
その流れの中で、点検やメンテナンスの役割はますます重要になります。私たちはこの分野で、業界全体のプラットフォームとして、安心と効率を提供できる存在になりたいと考えています。
―今後、どのようなサービス展開を構想されていますか?
現在のスマテンのシステムも多くの現場で活用されていますが、さらに改善・進化させていきたいと思っています。たとえば、職人さん向けのアプリ「スマテンUP」については、今後はSaaS型として外部の点検業者さんにも提供し、より多くの現場で使っていただける仕組みにしたいと考えています。
また、将来的には職人育成のアカデミーも設立したいと思っています。スポーツ選手やお笑い芸人といった他業界からの転職者にも消防設備点検という新しいキャリアを提案し、育成した人材を全国のパートナー企業に送り出すことで、業界全体の活性化につなげたいですね。さらに、点検データを活用した長期的な修繕計画の立案など、建物の未来を見据えたサービス展開にも取り組んでいきたいです。
―「優遊自適」の読者へ、伝えたいメッセージをお願いします。
まず伝えたいのは、「当たり前を当たり前と思わないこと」の大切さです。私たちが安心して過ごせるのは、誰かが見えないところで安全を守ってくれているからこそなんです。そうした当たり前の裏側にある努力をもっと意識してもらえる社会にしていきたいと思っています。
そして、自分の命を社会課題の解決に使っていくような生き方が、これから本当に求められていくのではないでしょうか。誰もが簡単にできることではありませんが、そうした生き方を選んだとき、人はやりがいやエネルギーを感じられると信じています。
―最後に、採用や協業について伝えておきたいことがあればお願いします。
私たちは、「必ず必要とされる存在」になることを目指しています。そのためには、ビジョンやミッションに共感し、「人の命を守ることに自分の命を使いたい」と思ってくれる仲間が必要です。スマテンは「やったほうがいい」ではなく、「やらなければならない」ことを、できるだけ負担なく、スマートに実現できる仕組みを提供していきます。これからも“命を守るサービス”として、業界を支えるインフラになれるよう、進化を続けていきたいと思っています。
【株式会社スマテン 会社概要】
- 会社名:株式会社スマテン
- 所在地:愛知県名古屋市中区栄1-16-15 伏見DOビル7F
- 代表者:代表取締役 都築 啓一
- 代表番号:050-3645-8895
- 事業内容:ビル管理DXサービス「スマテン」の開発・提供
- URL:https://corp.sumaten.co/