今回、ゲストとして登場いただくのは、世界中のアスリートから高評価を得たコンディショニングサービスをオリンピックレガシーとすることを目指すスポーツ庁や自治体など関係各所の取り組みをサポートしている鈴木岳.さんです。

鈴木岳. Takeshi Suzuki

R-body Inc.代表取締役/ 博士(スポーツ医学)/ アスレティックトレーナー/独立行政法人日本 スポーツ振興センターハイパフォーマンススポーツセンター特任アドバイザー/東川町 CHO

ワシントン州立大学卒業
全米公認アスレティックトレーナー(ATC)資格取得
筑波大学大学院にて「トップアスリートのコンディショニング」を専門領域とした研究に従事、博士号(スポーツ医学)取得

<経歴>
米国で大学を卒業、現地でアスレティックトレーナーとしての業務に従事した後、1998年より全日本スキー連盟専属トレーナーとして、ソルトレイク・トリノ・バンクーバー・ソチオリンピックにてアスリートの活躍を支える。
2003年、ライフパフォーマンスをサポートするコンディショニングカンパニー、株式会社R-bodyを設立。
2012年のロンドンオリンピック、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは日本オリンピック委員会(JOC)本部メディカルスタッフとして帯同。2021年の東京オリンピック・パラリンピックでは選手村フィットネスセンターのマネージャー/チーフトレーナーとして、施設レイアウトやマシン選定を手掛け、また会期中の施設運営を担当。

 

年齢に関係なく、フィジカルコンディショニングでいつまでも動ける体を維持していく

安部:鈴木さん、本日は、お時間をいただきありがとうございます。鈴木さんが率いるR-bodyのメソッドは、今や世界中から注目されていると思います。私も過去の鈴木さんのインタビューなども読ませていただきましたが、鈴木さんの身体へのアプローチが世の中に浸透していくことで、高齢化社会が抱えるいくつかの問題についても解決できるのではと感じています。

鈴木:こちらこそ、いろいろと事前に準備をいただき、ありがとうございます。

安部:鈴木さんは米国でアスレティックトレーナーという資格を取得されていますが、ご自身をどんな専門家だと定義されていますか。

鈴木:一言で言えば「体を整える専門家」ですね。元々コンディショニングという概念はアメリカから始まり、日本に入ってきてからより広い意味を持つようになりました。体調を改善するために行うすべての活動をコンディショニングと呼びます。これには睡眠、食事、咬み合わせ、ヘッドスパなど、多岐にわたる要素が含まれています。私自身は運動器と言われる関節、筋肉に関わる領域であるフィジカルコンディショニングに特化していますが、現在は「トータルコンディショニング」という考え方があります。体を整えるにはフィジカル面だけでなく多岐にわたるコンディショニングが連携することが必要でメンタル面、栄養面、睡眠なども重要な要素です。私は他の分野に直接関わることはありませんが、ある程度の知識は持っていて、各分野の専門家と連携してクライアントをサポートする形を取っています。

安部:YouTubeなどで、腕が上がるかどうかのチェックや、腰痛の根本原因が肩甲骨にある可能性についてお話しされていましたね。私もパーソナルトレーニングで肩甲骨に着目して改善を実感しました。ただ、このような情報はまだ一般には広く知られていないように思います。例えば「なぜ腰が痛いのに腰の治療をしないのか」という疑問を持つ方も多いと思います。痛みの対処療法ではなく根本原因に着目することの重要性について、どのようにお考えですか?

鈴木:私たちの専門領域である運動器に関して言えば、ほとんどのケースで腰痛の原因は腰以外にあります。なぜなら、腰に原因がある場合というのは、転倒や衝突などの事故やアクシデントくらいで、普段の動作で腰が痛くなる場合、その原因は自身の間違った動作にあるということです。

安部:人生100年時代を見据えたとき、適切なコンディショニングを継続すれば、年齢に関係なく体を動かし続けることができるとお考えですか?

鈴木:理論上はその通りです。ただし、重要な前提があります。以前、「病院に行くかR-bodyに行くか」というキャッチコピーがありましたが、これは医療を否定するものではありません。医療は絶対に必要で、医療とともに生きていく必要がある方もいらっしゃいます。運動は医療を後方から支える立場であり、すべての病気が運動で治るわけではありません。

安部:年齢に関わらず、運動によってフィジカルコンディションが改善されるケースは、どんな事例がありますか。

鈴木:例えば、印象的な例として、あるサーフィン好きの方の事例があります。膝が全く曲がらず、病院からはサーフィンを諦めるように言われ、手術もできない状態でR-bodyに来られました。このケースも実は、体の動かし方が間違っているだけだったんです。初めて来られた時、しゃがむことができないとおっしゃっていたので、「私を信じて手をつかんでください。絶対に手は離しませんから」と言って、後ろに寄りかかりながらしゃがんでもらいました。すると、お尻がかかとにつくところまでしゃがめて、本人も驚いていました。要はしゃがみ方を間違っていただけで、正しい方法を覚えれば、しゃがむことも可能でした。ただし、特定の筋肉の弱さや硬さ、関節の状態など、改善すべき点を直しながら進める必要がありました。ちなみに現在もサーフィンを存分に楽しまれています。また、別の事例では、骨粗鬆症や腰痛、肩痛があり、背骨が動かない状態の方がいらっしゃいました。「骨が固まってしまって動かない」とおっしゃっていましたが、簡単な運動を3つお願いしました。椅子に座って万歳をする、首を動かす、膝の上に手を置いて首を上げるなど、5分程度で終わる簡単な体操です。それを毎日続けていただいたところ、2ヶ月で正しい姿勢を取り戻すことができました。

安部:それはすごいですね。もっと長期間かかったのかと思いました。

鈴木:はい。R-bodyのサービスでは、基本的に腰が痛い人の腰を直接治療することはありません。腰への治療が必要な場合は、理学療法士チームが対応します。今までのデータではR-bodyで週1回の運動を8回行うことで、92%の確率で腰痛がゼロになりました。腰は触らず、他の部分を動かす全身運動だけで改善するんです。多くの皆さんは、最初は半信半疑なので、「とにかく騙されたと思ってやってみてください」というところから始めることが多いですね。

安部:「騙されたと思ってやってみて」という言葉がありましたが、こういったアプローチが当たり前の世の中になっていけばいいですよね。25年前と比べて、人々の意識は変わってきていますか?

腰痛の原因は、腰にない。体を動かすことで、体を整える。

鈴木:受け手側のリテラシーについては、あまり向上していないですね。約20年前にR-bodyを立ち上げた時から言い続けていることが、今でも同じなんですよ。例えば「コンディショニング」の重要性や、「腰痛の原因は腰にない」という考え方を提唱し続けていますが、まだまだ浸透していないというのが現状です。

安部:つまり、腰が痛くなった時に「R-bodyに行ってみよう」とか「運動してみよう」という発想には、多くの人がまだ至っていないということですね。

鈴木:そうですね。ただ、R-bodyに長く通っている方々は違います。例えば「階段から落ちて捻挫した」とか「腰が痛くなった」という時に、むしろ積極的に来てくださる。一方で、まだ理解が浅い方は「腰が痛いからR-bodyは休みます」とおっしゃる。そういう時は「いえいえ、むしろ来てください」という会話が日常的にあります。

安部:これは日本特有の現象なのでしょうか?海外ではどうなのでしょう?

鈴木:アメリカやオーストラリア、ヨーロッパでは状況が違います。理学療法士、いわゆるフィジオの方々が、例えば腰痛の患者さんに対して、全身的なアプローチをしています。日本でもやっているという声はありますが、その質と量が違うんですね。

安部:なるほど。私自身もトレーニングを始めるまでは、腰の痛いのは、腰のせいだと思い込んでいました。

鈴木:面白い例として、タイのチバソムという有名なヘルスリゾートでの経験をお話しします。ここはR-bodyのサービスを導入する前から、素晴らしい医療設備があり、様々な専門家がいました。立派なトレーニング施設もありました。ただ、「怪我をしない体作り」という予防的なアプローチが欠けていたんです。例えば、腰痛の治療はできても、その後の正しい動作の習得や、フィジカルコンディショニングの部分が抜けていた。そのため、治療→ジム→再発という無限ループが起きていたんです。また、中国の病院での経験も印象的でした。スポーツドクターたちを前に講義を行った時、「腰痛の原因は腰にない」という考え方に非常に興味を持ってもらえました。

安部:治療や運動に関する新しい科学的な知見について、何かありますか?

鈴木:はい。「運動器の機能障害においては、体を動かさないと治らない」というのが科学的に証明されたんです。

安部:リハビリテーションとR-bodyの役割は異なるものですよね?

鈴木:はい、オーバーラップする部分は多いのですが、手術後や怪我の直後など、全く動かせないものを動かすとか、痛みを取るというステージでは、リハビリは絶対に必要です。

ここで重要なのが「モビリティ」と「スタビリティ」という考え方です。具体的な例を挙げるとトレーナーが患者の手を持ち上げる場合と、自分で手を上げる場合では、見た目は同じでも全く意味が違うんです。

寝た状態で、正常な肩関節なら手は180度、耳の横まで上がるはずです。これができない場合、肩周りの筋肉の硬さが原因です。これは、マッサージや鍼、電気治療など様々な方法で改善できる「モビリティ」の問題です。しかし、人間の関節には「モビリティ」と「スタビリティ」の両方が必要なんです。「スタビリティ」とは、自分の関節を自身で安定的に自由自在に動かせる能力、つまり神経の質のことを指します。これは脳から指令を出して、関節を動かす筋肉をコントロールする能力です。重要なのは、この「スタビリティ」は他人に何かしてもらっても向上しない点です。「スタビリティ」は、自分で動かさない限り得られません。つまり、運動なしには機能改善はないということが科学的に証明されたわけです。

安部:つまり、「スタビリティ」を高めるのがR-bodyさんの役割ということですね。

鈴木:その通りです。「モビリティ」は自分でのストレッチや他人からのケアでも改善できますが、「スタビリティ」は自分で動かすことでしか得られません。だから私たちは「スタビリティ」の獲得にフォーカスを置いているんです。

睡眠は、運動、栄養と並ぶビッグスリーのひとつ。

安部:私が積極的に発信している「寝る活」は、睡眠の質を向上させて次の日のパフォーマンスを高めることに着目しています。例えば、サプリメントや足裏シート、デトックス、寝返りがしやすい伸縮性の高いパジャマやシルクのパジャマなど、様々なアプローチがありますが、鈴木さんはトレーナーとしてどのように睡眠の重要性をとらえていますか?

鈴木:睡眠は運動、栄養と並ぶビッグスリーの一つですよね。人生の3分の1を占める睡眠の質を上げることは、もう言うまでもなく重要です。

安部:鈴木さんは、多くのプロアスリートやオリンピアンの方々に接する機会も多くあると思いますが、やはりアスリートの方々も睡眠に対する意識が高いのでしょうか?

鈴木:そうですね。布団へのこだわりを持つ選手もいますね。パジャマにもこだわる選手も多いですね。

安部:そうですね。シルク素材が副交感神経や交感神経に良い影響を与えることも科学的に証明されています。これからは繊維自体に機能性を持たせたり、アロマの効果を取り入れたりする時代になってきています。最近の展示会でも、IT技術を活用して睡眠の質を測定するなど、様々な進化が見られました。

鈴木:睡眠のコンディショニングについて考えると、私たちの体づくりと似ているところがありますね。例えば、快眠できる日と寝起きが悪い日があっても、「改善できる方法がある」とは思っていない人が多いのでは?

安部:そうなんです。「そういうものだ」と諦めてしまう。

鈴木:私たちの分野でも同じで、例えば肩が上がらなくなっても「年だから仕方ない」と諦めてしまう。実は適切なエクササイズで改善できるのに、そういう可能性があること自体を知らない人が多いですね。

安部:興味深い例として、私も愛用している腸内環境改善用のサプリメントがあります。ユーグレナ、乳酸菌、スピルリナという三つの成分を組み合わせたものなんですが、予想外に睡眠の質も向上したんです。これは「フードペアリング」という考え方で、成分同士の相乗効果が働いているようです。運動のタイミングについて、睡眠との関係でアドバイスはありますか?

鈴木:トレーニングの内容によって変わってきますね。本格的な筋トレは体温が高い午後がベストです。朝は体温が低く体が硬いので、いきなり強度の高いトレーニングは避けた方がいい。ただし、ジョギングなど体温を上げる運動から始めれば問題ありません。逆に、呼吸法やストレッチは副交感神経を整えるので、寝る前にやるのは効果的です。

安部:「睡眠のコンディショニング」という素晴らしいキーワードをいただきましたね。R-bodyならぬ「Sボディ(スリーピングボディ)」というのはどうでしょう(笑)。

鈴木:そうですね。睡眠を含めたトータルコンディショニングは、これからの時代に絶対に必要なコンテンツになるでしょう。

睡眠も、運動も、環境を作ることが大切。オンラインの活用で、より良い環境をつくる。

安部:話は変わりますが、コロナをきっかけに、リモートワークが当たり前になり、働き方やライフスタイルが大きく変化しました。実は、通勤時間が減ったことで、睡眠の時間を確保できるようになったという声もたくさん届いています。ちなみに鈴木さんは、オンラインでのコンディショニングについて、どう捉えていらっしゃいますか。

鈴木:これまでは、ジムの場所やジムを利用する時間によって、何かしら制限があったと思うんです。例えば、仕事帰りの夜に激しい筋肉トレーニングをするとか。朝はなかなか体を動かす時間が取れないとか。ウェルネスコンサルタントとしての観点からすると、夜は食事をした後はゆっくり休んでいただきたいですし、夜11時の睡眠前に激しい筋力トレーニングをすることが本当に健康的なのかという疑問もあります。こうした時間と場所の制約から自由になれるのが、オンライントレーニングの価値だと思っています。実は、私自身もいま自宅でのエクササイズの質をどう高めていくかを考えています。

安部:最近は家庭用トレーニング器具の性能も非常に良くなっていますしね。

鈴木:そうですね。ちなみにコンディショニングに関しては、特別な器具はあまり必要ありません。R-bodyのオンラインセッションは、コロナ禍で特に活用されましたが、コロナ以降も、遠方で私たちのジムに通えない方々のために、オンラインでのパーソナルトレーニングを提供しています。

安部:やはり対面とはどこか違いが出ますか。

鈴木:私も最初は心配したのですが、実際、やってみると画面越しでも、動作を正確に確認することができることがわかりました。実際に体験した方の例では、トレーナーが画面越しに「土踏まずが落ちているので、膝の位置をもう少し外側に向けていただけますか」といった細かい指導ができました。これは専門家にとっては当たり前のことですが、クライアントからすると驚くべき精度だと評価されました。長年の対面会員がオンラインに移行した例でも、移動時間がゼロになることもあり、総合的にオンラインの方が良いという評価をいただいています。

安部:なるほど。時間と場所に縛られずにフィジカルコンディショニングが可能になれば、当然、睡眠にも良い影響がありますね。「寝る活」と「オンラインコンディショニング」は親和性が高いですね。今日は、鈴木さんに、身体を整えることについて様々な知見を共有していただき、大変勉強になりました。

本日はお忙しい中、ありがとうございました。