民泊やシェアリングエコノミーの広がりによって、暮らしや働き方はますます多様になってきました。その一方で、建物の安心安全は目に見えにくく、軽視されがちなテーマでもあります。建物の法令点検は義務化されていながら、その実施率はいまだ半分に満たないのが現実です。

こうした課題に挑むのが、建物法令点検のDXサービスを展開する「スマテン」。単なる効率化ツールではなく、「社会課題を解決するインフラ」を目指して事業を広げています。今回は、取締役COO 冨澤直紀氏に、事業の使命、DXで描く未来像、そしてご自身の原動力について伺いました。

 

シェアリングエコノミー拡大の陰で見過ごされる建物の安心

― スマテンが掲げているミッションや、社会への価値について教えてください。

我々のミッションは、「建物にまつわる法令点検の未実施がない世界をつくること」です。車に車検があるように、建物にも「安全を保証する仕組み」が必要だと私たちは考えています。ところが、消防設備点検などをきちんと行っているオーナーはまだ半数に満たないのが現実です。

建物の安全性は人命や暮らしに直結します。それでも「やらなくても何とかなる」と見過ごされてしまうことが少なくありません。だからこそ、当たり前に法令点検が行われる社会をつくることが、私たちの使命です。

― シェアリングエコノミーの広がりで、民泊など新しいサービスが増えています。そうした流れをどのように見ていますか。

民泊が一気に広がった背景には、観光需要の高まりがあると思います。いまは本当に、誰でも比較的簡単に民泊オーナーになれる時代になりました。それ自体は新しい価値観を広げる素晴らしい流れだと思っています。

ただ一方で、知識や経験がないまま事業を始めてしまうオーナーも増えています。利用する側は「安全は当たり前に担保されている」と思っているのに、実際には十分に整っていないケースも少なくありません。結果として、安心安全が欠けたまま運営されている民泊が出てきてしまっている。これは見過ごしてはいけない社会課題だと感じています。

― 新しい事業者が増える一方で、従来の業界との間に摩擦も生まれていると思います。その背景にはどんな構造的な問題があるのでしょうか。

従来の業界は、長年かけて技術や品質を磨き上げてきたんです。それは本当に尊敬すべきことで、安心安全を守るために欠かせない努力でした。ただ問題は、その大切さがオーナーや利用者に十分に伝わってこなかったことだと思います。建物の管理者が点検の法律や仕組みを細かく理解しているわけではないし、それは当然なんですよね。

だからこそ、「なぜ点検が必要なのか」「やらなかったら何が起こるのか」をわかりやすく伝えて、当たり前のこととして根付かせる。その橋渡し役を担う存在が必要なんです。私たちはそこに取り組んでいます。

 

安心はコストじゃない――DXが変える建物の常識

― 民泊や不動産のサービスが増える中で、事業者や企業にはどんな責任があると思いますか。

私はもともと飲食やアパレルといったサービス業の出身です。お客さんに喜んでもらうために、クオリティやコストパフォーマンスにこだわるのは当たり前でした。でも、どんな業種でも根底にあるのは安心安全ではないでしょうか。

利用者は「安全は当然に担保されている」と思っていますが、運営側はどうしてもコストとして見てしまうことがあるんです。そこに大きなギャップがあると考えています。

建物を利用してもらう以上、まず安心安全を整える責任があると思います。それを怠れば、事業の持続性そのものが失われてしまいます。例えば、同じ立地や間取り、家賃の物件があったとしたら、安心安全が担保されているかどうかで、利用者の選択は確実に変わってくるはずです。だからこそ、責任を果たすことが事業者の信頼につながるんです。

― 事業者に安心安全を整える責任がある中で、スマテンはどんな考え方でサービスを設計しているのでしょうか。

多くのオーナーにとって、法令点検はどうしても「ノンコア業務」に見えてしまうんですよね。事業に直接売上を生むわけではないから、つい後回しにされがちなんです。なので、私たちが目指しているのは、そのノンコア業務を当たり前に担保される仕組みにすることです。安心安全を自動化して、オーナーが本来のビジネスに集中できる環境を整える。そうすれば、事業の持続性も利用者の安心も両立できると思っています。

車に例えるなら、道路の舗装や車検って普段は意識しませんよね。でも、それがあるから安心して走れる。同じように、建物の法令点検を社会のインフラとして根付かせたい。利用者もオーナーも「安全は当然」という状態で暮らしや仕事に集中できるようにすることが、私たちの哲学です。

― サービス設計のお話を伺いましたが、そこからさらに先、スマテンが目指している未来像についてはどう描いていますか。

私たちが見ているのは、建物の資産価値そのものを高められる存在になることです。外観がいくらきれいでも、中の安全が担保されていなければ本当の価値は下がってしまいますよね。

スマテンの仕組みを通じて、法令点検や安全の履歴をデータとして残し、それを可視化できれば「この建物は長期的に安心安全が担保されている」と証明できるようになります。これは不動産の取引や活用においても大きな強みになりますし、利用する側にとっても安心材料になります。

点検DXから始まって、最終的には社会全体の資産価値を底上げする。単なる効率化の枠を超えて、暮らしやビジネスを支えるインフラになりたいと思っています。

 

常識を疑うチームが未来をつくる――スマテン流カルチャーの正体

― その未来を実現していくには、組織の力も欠かせないと思います。スマテンにはどんなカルチャーが根付いているのでしょうか。

外に向けては、常に半歩先を提案することを意識しています。たとえばガラケーからスマホに変わったとき、多くの人は「そんな機能いらない」と言っていましたよね。でも今では誰もガラケーには戻れない。同じように、未来を見据えつつ、ちょうど受け入れられる半歩先を提示し続けることが大事だと思っています。

社内の特徴は、業界未経験者が9割以上を占めていることです。これは弱みではなく、むしろ強みです。固定観念にとらわれないからこそ、新しい発想や働き方を自然に取り入れられる。コロナ禍のときもリモートワークをスムーズに導入できました。

共通しているのは「ビジョンやミッションに共感している」という点。経験やバックグラウンドはバラバラでも、社会課題に挑もうという姿勢がチームをひとつにしている。それがスマテンのカルチャーだと思います。

― 組織のカルチャーについて伺いましたが、最後に、冨澤さんご自身を動かしている原動力について教えてください。

創業したのは、私も代表の都築も妻のお腹に第一子がいるタイミングでした。父親になる準備をしながら事業を始め、家族が増え、仲間が増え、従業員も増えていく。その一人ひとりに守るべき存在があるんです。

だからこそ、建物の安心安全を高めることは絶対に必要だと強く感じました。異常気象など社会環境の変化もあり、僕たちが取り組むことは世の中を少しでも良い方向に導くものだと信じています。

従業員の家族から「素晴らしい取り組みをしている会社だ」と思ってもらえることが、自分自身のビタミンになっています。そして、3人の娘の父として、未来の世代に安心安全が当たり前の社会を残したい。その思いこそが、日々の情熱の源泉になっています。